大宅大国
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 天平9年6月10日737年7月12日
官位 従四位下摂津守
主君 元明天皇元正天皇聖武天皇
氏族 大宅朝臣
父母 父:大宅金弓[1]
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大宅 大国(おおやけ の おおくに)は、奈良時代貴族朝臣伊勢守・大宅金弓の子とする系図がある。官位従四位下摂津守

経歴編集

従五位下叙爵後、和銅7年(714年上野守養老4年(720年摂津守元明朝から元正朝にかけて地方官を歴任する。

神亀元年(724年聖武天皇即位後間もなく、二階昇進して正五位上に叙せられると、神亀5年(728年従四位下と、聖武朝初期の長屋王政権下で順調に昇進した。

神亀6年(729年)に発生した長屋王の変以降は叙位任官の記録がなく、変で失脚したか。天平9年(737年)6月10日に平城京天然痘が流行する中で卒去。最終官位散位従四位下。

官歴編集

続日本紀』による。

脚注編集

  1. ^ 宝賀[1986: 314]

参考文献編集