大宮町 (埼玉県)

日本の埼玉県の町

大宮町(おおみやまち)は、埼玉県北足立郡に存在した。現在のさいたま市大宮区北区に位置する。後身の大宮市1940年昭和15年)に新設合併によって誕生したもので、本町とは別の自治体である。

大宮町
廃止日 1940年11月3日
廃止理由 新設合併
大宮町三橋村日進村宮原村大砂土村大宮市
現在の自治体 さいたま市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
総人口 39,291
国勢調査1940年
隣接自治体 浦和市
北足立郡与野町三橋村日進村宮原村大砂土村片柳村
大宮町役場
所在地 埼玉県北足立郡大宮町大字大宮[1]
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地理編集

歴史編集

沿革編集

行政編集

歴代町長編集

  • 矢部忠右衛門(1889年5月23日 - 1890年9月22日)
  • 井上信道(1890年12月23日 - 1894年12月22日、1898年2月24日 - 1898年3月6日、1901年2月1日 - 1901年5月1日)
  • 白井助七(1895年5月15日 - 1896年5月19日)
  • 吉田茂助(1896年5月12日 - 1897年2月16日)※町長代理
  • 山崎喜左衛門(1897年3月16日 - 1898年2月17日)
  • 橋本八五郎(1898年3月9日 - 1899年7月17日)
  • 星野宗助(1899年7月26日 - 1899年12月4日)
  • 松尾永起(1899年12月5日 - 1901年2月1日)※職務代理
  • 阪泰碩(1901年5月16日 - 1901年10月21日)
  • 平沢増五郎(1901年11月13日 - 1902年10月13日、1905年5月8日 - 1909年4月6日)
  • 前川正則(1902年10月30日 - 1905年3月22日)
  • 西角井正男(1909年6月30日 - 1910年4月20日)
  • 佐川重作(1910年5月28日 - 1910年9月14日)
  • 関根嘉重(1910年10月25日 - 1918年10月25日)
  • 小口槇太(1918年10月30日 - 1927年12月19日)
  • 本多定積(1928年2月11日 - 1930年11月13日)
  • 大作徳郎(1931年3月17日 - 1935年1月3日)
  • 萩原喜代盛(1935年5月14日 - 1937年7月2日)
  • 宇治田積(1937年7月23日 - 1940年11月2日)

経済編集

産業編集

農業

『大日本篤農家名鑑』によれば、大宮町の篤農家は、「平澤増五郎、尾熊森太郎、栗原精一、大島周次郎、磯崎覺太郎、関根由蔵、沼上紋蔵、星野誠作、加藤定吉、清水徳太郎」などである[3]

商業
  • 河野清三郎(金融業)[4]
  • 加藤睦之介(料理並旅館業)[5]
  • 桑田與三助(翁家、料理業)[4]

地主、家主編集

大宮町の地主は「栗原定右衛門」、家主は「黒澤寅之助」、地家主は「栗原利郎、栗原精一」などがいた[4]

交通編集

鉄道路線編集

道路編集

現在の町名編集

さいたま市大宮区

上小町三橋大成町櫛引町大原以外の町名は、旧大宮町域を含む。

さいたま市北区

大宮は全域が旧大宮町域。植竹町盆栽町見沼は旧大宮町域を含む。

出身・ゆかりのある人物編集

脚注編集

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  1. ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』183-184頁。
  2. ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1420頁。
  3. ^ 『大日本篤農家名鑑』285頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年5月25日閲覧。
  4. ^ a b c 『日本紳士録 第38版』埼玉カ、キ、ク、ケ、コの部8 - 9頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年5月26日閲覧。
  5. ^ a b 『人事興信録 第9版』カ23頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年10月20日閲覧。

参考文献編集

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第38版』交詢社、1934年。
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104

関連項目編集