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大寧寺(たいねいじ)は、山口県長門市深川湯本にある曹洞宗の寺院である。山号瑞雲山(ずいうんざん)。正式名は瑞雲萬歳山 大寧護国禅寺と称する。現在の住職は前山口県立大学学長岩田啓靖

大寧寺
たいねいじ
大寧寺本堂
所在地 山口県長門市深川湯本1074番地
位置 北緯34度19分41.6秒 東経131度9分46.2秒 / 北緯34.328222度 東経131.162833度 / 34.328222; 131.162833座標: 北緯34度19分41.6秒 東経131度9分46.2秒 / 北緯34.328222度 東経131.162833度 / 34.328222; 131.162833
山号 瑞雲萬歳山
瑞雲山
宗旨 曹洞宗
宗派 石屋派
本尊 釈迦如来
創建年 応永17年(1410年
開基 石屋真梁[1]
正式名 瑞雲萬歲山大寧護國禪寺
文化財 本堂
境内・墓碑郡
梵鐘・搭頭興阿寺
法人番号 3250005004720
大寧寺の位置(山口県内)
大寧寺
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歴史編集

応永17年(1410年)に大内氏一族で長門国深川城主の鷲頭弘忠(わしず ひろただ)が、石屋真梁(せきおく しんりょう)を開山に招聘して城内に創建したと伝える[2]。当初の寺号は康福寺。なお、開基を周防・長門の守護大名大内教弘開山智翁永宗(ちおう えいしゅう)とする説もある。ただし、大内教弘は1420年の生まれで、年代的に合わない。以降、長門の中心寺院として栄えた。

政争に疲れて流浪の旅に出ていた元関東管領上杉憲実がこの寺で晩年を過ごし、文正元年(1466年)に病死している。

長享3年(1489年出羽国寒河江氏13代知広が大寧寺に寺領を寄進し子院として澄江院を建立した[3]。二親供養のためであったという。当時父の叔父にあたる全岩東純が大寧寺七世住職であった縁により行ったものである。

大内義隆主従の墓所
冷泉隆豊が自害した経蔵跡

天文20年(1551年)に大内義隆が家臣の陶隆房の謀反に遭い、山口から脱出後にこの寺に逃れたが、陶軍に包囲される。異雪慶殊(いせつけいじゅ)より戒名を授かった義隆は自刃し、寺も焼失した(大寧寺の変)。その後、毛利氏の庇護を受けて再建された。

寛永17年(1640年)、火災により本堂山門などが焼失。延宝5年(1677年)に益田元尭により山門が再建され、文政12年(1829年)に衆寮[4]を建替・増改築によって本堂も再建された。しかし、明治維新を経て、藩の保護がなくなると維持管理が行き届かなくなり、また廃仏毀釈により明治末期に山門は倒壊、諸堂なども破壊された。

平成22年(2010年)4月に歴史資料館「虎渓殿」が開創600年記念事業として開館した。また、同事業に関連して山門再建にかかる費用を6億円と見積っており、現在、再建のための浄財(寄付)を募っている。

法系編集

 
瑩山紹瑾[5]
 
峨山韶碩[6]
 
通幻寂霊[7]
 
石屋真梁[8](1)
 
智翁永宗(2)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
定菴殊禅[9](3)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
竹居正猷[10](4)
 
器之爲璠[11](5)
 
大菴須益[12](6)
 
竹院総梵
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
全岩東純[13](7)
 
足翁永満[14](8)
 
天甫存佐[15](9)
 
奇伯瑞龐[16](10)
 
 
 
 
 
 
 

文化財など編集

 
姿見の池(奥)・かぶと掛けの岩(手前)[17]
 
盤石橋
本堂
昭和54年(1979年)に山口県の重要文化財有形文化財)の指定を受ける。衆寮を元に造られた本堂は珍しく、仏教寺院の本堂としては山口県下では最大級である。
境内・墓碑郡
昭和42年(1967年)に大内義隆公主従墓所が山口県指定史跡に、昭和48年(1973年)に毛利氏萩藩重臣墓碑群が長門市史跡となり、1979年2月6日には境内も山口県の史跡に指定されている。
  • 鷲頭弘忠
  • 上杉憲実
  • 三条公頼
  • 大内義隆公主従の墓所[18]
  • 萩藩重臣墓碑群
  • 盤石橋
    • 自然石の組積みによって作られた石橋。寛文8年(1668年)に最初に架橋され、宝暦14年(1764年)に架け替えられており、早くから日本に突桁式工法による架橋(ゲルバー橋)が行われていたとされる。防長三奇橋のひとつ。
梵鐘
昭和58年(1983年)6月1日に長門市指定有形文化財(工芸品)の指定を受ける。高さは97.3センチで、銘文によると応永3年(1396年)に筑前国葦屋津(現在の福岡県芦屋町)で鋳造されている。
位牌
毛利元就が、大内義隆の七回忌供養時に祀った大内義隆他の位牌

近隣情報編集

所在地編集

山口県長門市深川湯本1074

交通アクセス編集

その他編集

脚注編集

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  1. ^ 異説については本文参照。
  2. ^ 開山・開基については大寧寺サイトの「概要」「大寧寺ものがたり」による(2010年8月22日閲覧)。
  3. ^ 『澄江寺誌』「安中坊系譜」知広註より大江知広寄進状。長州豊東郡厚母郷(山口県下関市豊浦町大字厚母郷)十石の地。大内政弘が便宜を図ったものである。
  4. ^ 衆寮とは - コトバンク
  5. ^ 曹洞宗太祖。城満寺永光寺總持寺開山。
  6. ^ 總持寺第2世
  7. ^ 總持寺5世、永澤寺開山、龍泉寺開山、總寧寺開山。
  8. ^ 大寧寺開山、泰雲寺(山口)開山、福昌寺開山、妙円寺開山。
  9. ^ 泰雲寺2世
  10. ^ 福昌寺2世、龍文寺(山口)開山。
  11. ^ 龍文寺3世、保安寺(山口)開山、鳳台寺(山形)開山、新福寺(山形)開山。
  12. ^ 龍文寺4世、瑠璃光寺開山、安楽寺(和歌山)開山、長谷寺(島根)開山、明窓寺(島根)開山、豊龍寺(山口)開山、鳳台寺2世。
  13. ^ 瑠璃光寺2世
  14. ^ 龍昌寺(福岡)開山、天寧寺(福岡)開山。
  15. ^ 大円寺開山、東光寺開山。
  16. ^ 周防玉雲寺明峰寺、肥前竜雲寺、壱岐華光寺開山
  17. ^ 大寧寺にたどり着いた義隆は、岩に兜を置き、池の水に姿を写して髪の乱れを整えようとしたが、水面に自らが映らないのを見て命運尽きたのを悟ったと伝わる(現地説明板)
  18. ^ 義隆の家臣のみならず、大寧寺の変に巻き込まれた三条公頼公家たちの墓所ともなっている。

外部リンク編集