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大島 喜一郎(おおしま きいちろう、1891年1月25日[1] - 1980年[2])は、日本政治家栃木県矢板市長を務めた。

大島 喜一郎
おおしま きいちろう
生年月日 1891年1月25日
出生地 栃木県塩谷郡矢板村(現矢板市
没年月日 1980年

当選回数 1回
在任期間 1958年11月1日 - 1959年2月16日

Flag of Yaita Tochigi.JPG 矢板町長
当選回数 1回
在任期間 1955年2月17日 - 1958年10月31日
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経歴編集

矢板村幸岡に生まれる[2]塩谷郡書記などを経て、1944年昭和19年)に矢板町助役に就任[1]1947年(昭和22年)4月から1951年(昭和26年)4月まで塩谷郡選出の栃木県議会議員を務めた[3]

1955年(昭和30年)2月17日、合併に伴う矢板町長選挙が行われ、大島がいずれも元矢板町長の高柳宰正高橋保平を破り当選した[4]1958年(昭和33年)11月1日、矢板町の市制施行に伴い矢板市長に就任し、市長は1959年(昭和34年)2月16日まで務めた[1]。町長および市長在任中には公共施設の整備や合併後の地域の一体化に努力した[1]

1980年(昭和55年)、死去した。

脚注編集

  1. ^ a b c d 『日本の歴代市長 第一巻』,621頁
  2. ^ a b 『栃木県歴史人物事典』,122頁
  3. ^ 『栃木県史 通史編6 近現代1』,1042-1043頁
  4. ^ 『栃木県町村合併誌 第三巻下』,40-41頁

参考文献編集

  • 『日本の歴代市長 第一巻』歴代知事編纂会 、1983年11月25日。
  • 『栃木県歴史人物事典』下野新聞社 、1995年7月27日。
  • 『栃木県史 通史編6 近現代1』 栃木県、1982年8月31日。
  • 『栃木県町村合併誌 第三巻下』 栃木県、1956年3月。
先代:
-
矢板市長
第1代:1958年 - 1959年
次代:
高柳宰正