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大平氏(おおひらし)は、土佐国高岡郡蓮池城を拠点とする豪族。鎌倉時代初期 - 永禄9年(1566年)。藤原秀郷の末裔という。

大平氏
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木瓜に三つ巴もっこうにみつどもえ
本姓 藤原北家秀郷流近藤支流
家祖 大平国信
種別 武家
出身地 山城国
近江国
土佐国
主な根拠地 土佐国高岡郡高岡郷
著名な人物 大平国雄
支流、分家 讃岐大平氏(武家)
三宮氏(武家)
斗賀野氏(武家)
佐川氏(武家)
越智氏(武家)
田原氏(武家)
戸波氏(武家)
凡例 / Category:日本の氏族

歴史編集

系譜編集

  • 大平国信 - 近藤国平の子、土佐国高岡郡高岡荘・蓮池荘の地頭となり大平氏を名乗る。
  • 勝国
  • 国嗣
  • 敏国
  • 国助
  • 国満
  • 国藤(日向守)
  • 国雄 の時代、勢力は最大に達した。外港の宇佐から堺に大船を往来させて、貿易の利を占め、富強であったと伝えられている。力を蓄えた国雄は、佐川・越知・浦ノ内から鴨部方面にまで勢力を伸ばしていった。
  • 元国(隠岐守) - 国雄の子 本山梅渓の呼び掛けに応じて、吉良・山田の諸氏とともに反長宗我部連合を結成した。そして、永正5年(1508年)、長宗我部兼序を攻め討死させた。横倉社など数々の寺社の造営にあたった事が史料からも知られる。元国も京にあって文芸を愛したが、天文15年(1546年)、土佐一条氏に破れる。
  • 国興・権頭(くにおき・ごんどう) - 元国の子、蓮池城喪失後、高岡郡戸波村に小領を安堵されていたが、永禄9年(1566年)、土佐一条氏と本山氏の挟撃を受け戸波村積善寺の地に自刃して果てた。これにより土佐大平氏の正統は途絶える。
  • 国祐

領地編集

土佐国高岡郡・吾川郡の南部。古老伝えて云う。藤原秀郷の裔にして東鑑謂う所の蓮池権頭家綱の後なり。高岡郡蓮池城に居し蓮池、高岡、大内(おうち)、波介(はげ)、北地、出間(いづま)、甲原(かんばら)、塚地、用石(もちいし)、新居、宇佐、龍、猪尻(いのしり、現・高知県土佐市宇佐町井尻)、浦の内、才畑(さいばた、現・同高知市春野町西畑)、仁野、木塚(現・同高知市春野町西分長谷)凡そ十七村16190を領し伝える事十三世、四百二十年を歴す。「土佐遺語」谷泰山。

脚注編集

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出典編集

  1. ^ 吾妻鏡 嘉禎2.4.19、建長2.1.2、3.1.3、6.1.2、8.1.2等

参考文献編集

  • 高知県史』
  • 『高知県の歴史』p.97土佐国の郡と荘園、p.120国人領主たちの台頭、p.146-148
  • 土佐市史』
  • 群書類従第23輯 武家部 見聞諸家紋 土佐之藤之大平参照
  • 土佐國群書類從 第8巻 地理部 p.234 古城