メインメニューを開く

大日寺 (徳島県板野町)

徳島県板野郡板野町にある寺院、四国八十八箇所霊場の第4番札所

大日寺(だいにちじ)は徳島県板野郡板野町黒谷にある東寺真言宗の準別格本山。四国八十八箇所霊場の第4番札所。黒巌山(こくがんざん)遍照院(へんじょういん)と号する。本尊大日如来

大日寺
大日寺本堂
本堂
所在地 徳島県板野郡板野町黒谷5
位置 北緯34度9分4.7秒東経134度25分51.2秒座標: 北緯34度9分4.7秒 東経134度25分51.2秒
山号 黒巌山(黑巖山)
院号 遍照院
宗旨 古義真言宗
宗派 東寺真言宗
寺格 準別格本山
本尊 大日如来
創建年 (伝) 弘仁6年(815年)
開基 (伝)空海(弘法大師)
正式名 黒巌山遍照院大日寺
別称 黒谷寺
札所等 四国八十八箇所4番
法人番号 9480005003834
大日寺 (徳島県板野町)の位置(徳島県内)
大日寺
大日寺
徳島市
徳島市
徳島県における位置
テンプレートを表示
本堂内陣

本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん

ご詠歌:眺むれば 月白妙の 夜半なれや ただ黒谷に 墨染めの袖

目次

歴史編集

寺伝によれば空海(弘法大師)がこの地での修行中に大日如来を感得、一刀三礼して1尺8寸(約55cm)の大日如来像を刻み、これを本尊として創建し、本尊より大日寺と号したという。山号の黒巌山は、この地が三方を山に囲まれ黒谷と呼ばれていたのが由来で、黒谷寺(くろたにでら)とも呼ばれていたという。

荒廃と再興を繰り返し、応永年間(1394年~1428年)と天和貞享年間(1681年~1688年)に再興され、また、元禄宝暦年間(1751年~1764年)ころには徳島藩5代藩主蜂須賀綱矩の篤い帰依を受け堂塔の大修理が行われた。

1998年(平成10年)から2015年(平成27年)まで住職を務めた真鍋俊照仏教美術学者として著書多数あり。

平成の大修理として、平成26年より、大師像、弥勒菩薩坐像、三十三観音像、そして本尊・大日如来坐像が順次修復され開帳された。

境内編集

  • 山門鐘楼門) - 2018年春、改築された。旧山門と同じく、下層は角柱で上層は丸柱の造りとなっている。
  • 本堂:慶安2年(1649年)建立、寛政11年(1799年)修復。本尊は住職でも住職交代の折の人生2度しか見られない秘仏で、像高56cm、坐奥32.7cm前仏と同じ大きさで金色に輝く、推定応永14年(1407年)作。その本尊が修繕を期に2017年の3月から12月の毎月28日開帳された。
  • 大師堂:文久3年(1863年)9月建立。本尊は弘法大師、脇仏は弥勒菩薩坐像と不動明王坐像でいずれも拝顔できる。また、昼と夜の大師を表現した白地と紺地に描かれた二枚の「両面大師」画は真鍋俊照が修復したもので拝観できる。
  • 護摩堂
  • 回廊:本堂と大師堂をつないでいて、弁財天女、青面金剛、そして、三十三体の西国霊場の観音菩薩像(江戸時代中期の明和年間(1764年 - 1772年)に大坂の信者が奉納したとされる)が安置されている。
  • 薬師堂:拝観可能。
  • 阿弥陀如来石像祠
  • 八幡祠:『四国遍礼名所図会』(1800年刊)にも描かれていて、境内に入って左にある池の中の祠。
  • 手水舎:文政5年(1822年)に奉納された砂岩をくりぬいた手水鉢で、白濁してたので「蛤水」と呼ばれていた。

上層を鐘楼とした山門を入ると左手の池の先に手水鉢があり、正面奥に本堂が建てられている。本堂右手にある回廊を、安置されている観音像を鑑賞しながら進むと大師堂の横に出る。納経所は大師堂の向かい側にある。

  • 宿坊:なし
  • お手洗い:水洗男女別水洗トイレ、水洗障害者用トイレ、烏枢沙摩明王像が傍らに鎮座。
  • 駐車場:普通車30台・バス6台。無料。

文化財編集

国の史跡
  • 阿波遍路道 大日寺境内:2019.6.21答申中
板野町の史跡
  • 板野町指定史跡「大日寺」

交通案内編集

鉄道

バス

道路

前後の札所編集

四国八十八箇所
3 金泉寺 -- (5.0km)-- 4 大日寺 -- (2.0km)-- 5 地蔵寺

参考文献編集

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹 著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

関連項目編集

外部リンク編集