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大杉宜弘

大杉 宜弘(おおすぎ よしひろ、1974年1月17日-)は、日本男性アニメーターアニメ演出家北海道旭川市出身。誤表記で「大杉弘」などの名前でクレジットされることがある。

目次

経歴・人物編集

出生から7歳ごろまで旭川市で過ごしたのち、札幌市へ移り住んだ[1]

藤子不二雄手塚治虫ファンであり、元は漫画家を目指していた。高校生の時に小学館の編集部へギャグ漫画の原稿を持ち込んだ事があり、その際「2、3年ぐらいしたらモノになるかな」と言われ「ああ2、3年か」と思い、すごすご帰ったという[2]

高校卒業後は代々木アニメーション学院札幌校へ第1期生として入学[1]1993年に同校を中退後、亜細亜堂へアニメーターとして入社し動画・原画を担当した。最初の仕事は『忍たま乱太郎』の動画[1]。同期には岸誠二、中原久文などがいる[3]1997年、亜細亜堂を退社しフリーランスとして活動を始めた。

自身の転機となった作品として、原画で参加した『のび太の結婚前夜』(1999年、監督 - 渡辺歩)を挙げている。知り合いだったアニメーターの加来哲郎[4]に「渡辺監督の趣向は、絶対君に合う!」と誘われ参加を決めるが最初の打ち合わせに寝坊をしてしまい、当初は渡辺もカンカンだったという[5]。加来が間に入ったおかげで仕事を始めることができ、大杉は「のび太が猫を空港まで送り届ける映画オリジナルのギャグシーン(具体的には「大人のび太が大人しずかを抱き抱えて車に乗せるところから空港で飛行機が飛び立つあたり」まで[2])」の原画を担当している[5]。大杉は渡辺を自身の趣向である「まんが映画」やAプロ調のドタバタ系を意識した作風の共通認識を持ち、理解してくれるほぼはじめての人だったと語っている[4]。『結婚前夜』以前にも『ドラえもん』には参加していたが、この作品以降はシリーズに作画面だけでなく演出家としても深く携わるようになっていった。『ドラえもん のび太の宇宙英雄記』(2015年)で初の監督を務める。

2017年7月28日放送分よりリニューアルとなった「ドラえもん」のチーフディレクターを担当することとなった。[6]

古巣の亜細亜堂、またはシンエイ動画スタジオジブリ作品などへ参加することが多い。

参加作品編集

テレビアニメ編集

OVA編集

劇場アニメ編集

ゲーム編集

その他編集

脚注編集

  1. ^ a b c 北海道出身!「映画ドラえもん のび太の宇宙英雄記(スペースヒーローズ)」の大杉宜弘監督がご来館①
  2. ^ a b 藤子不二雄FCネオ・ユートピア』第52号56P参照。
  3. ^ 中原久文のTwitter 2011年2月4日 9:59の発言
  4. ^ a b 『藤子不二雄FCネオ・ユートピア』第52号60P参照。
  5. ^ a b 北海道出身!「映画ドラえもん のび太の宇宙英雄記(スペースヒーローズ)」の大杉宜弘監督がご来館②
  6. ^ この夏、『ドラえもん』が さらにパワーアップ!”. アニメイトタイムス (2017年6月23日). 2017年6月23日閲覧。
  7. ^ 2017年7月28日放送分からのOP絵コンテ・演出、「ドラえもん えかきうた」演出・作画も担当。
  8. ^ 第4シリーズ(1996年)
  9. ^ 原画として参加していたが、クレジットされる原画人数の制限があった為、仕上げとしてクレジットされたという(『藤子不二雄FCネオ・ユートピア』第52号52P参照)。
  10. ^ 第1シリーズ(1998年)
  11. ^ をがわいちろを・平山智小林利充と共同。
  12. ^ 加来哲郎と共同。原画はノークレジット。
  13. ^ 夏目真悟、佐々木美和、加来哲郎と共同。
  14. ^ 千葉ゆみ、浅野直之と共同。
  15. ^ 杉崎聡・増泉路子と連名。
  16. ^ 関根昌之・高橋信也・増田敏彦・加来哲郎・須藤昌朋・西岡夕樹・山中純子船越英之・野武洋行と共同。
  17. ^ 宮尾佳和飯島正勝外山草と共同。
  18. ^ 大杉 宜弘のTwitter 2016年8月26日 22:19の発言
  19. ^ 大杉 宜弘のTwitter 2016年9月2日 23:03の発言
  20. ^ 大杉 宜弘のTwitter 2016年9月30日 22:06の発言

関連項目編集