大森隆志

大森 隆志(おおもり たかし、1956年12月12日 - )は、日本ミュージシャンギタリスト)・歌手。元・サザンオールスターズメンバーで、結成メンバーの一人。2001年8月7日の脱退まで、長らくサザンのリードギターを担当していた。愛称は、ター坊宮崎大宮高校卒業青山学院大学経済学部夜学中退

大森 隆志
別名 ター坊
生誕 (1956-12-12) 1956年12月12日(61歳)
日本の旗 日本 岡山県岡山市
出身地 日本の旗 日本 宮崎県
学歴 青山学院大学経済学部第二部中退
ジャンル J-POP
ポップ・ロック
職業 シンガーソングライター
ギタリスト
担当楽器 ボーカル
ギター
活動期間 1978年 - 2006年
2007年 -

岡山県岡山市出身、宮崎県育ち。

目次

人物編集

サザン時代は「イェーイ、ノッてるかーい!」のMCがお馴染みだった。また、空手の有段者でもある。[要出典]

青山学院大学夜学在学中に所属したバンドが有名になり、その後、サザンオールスターズとして『勝手にシンドバッド』でデビュー。尚、桑田佳祐は「デビューのきっかけをつくったのは大森」と大森が独立した後も含め幾度か言及しており、バンドのメンバーチェンジを何度も繰り返す状況に懸念を示し、桑田に「ちゃんとしたバンドをやろうよ」と声をかけ、当時青学生ではなかった松田弘野沢秀行をバンドに勧誘し、各メンバーの親の承諾を得たうえで自ら「EastWest」に申し込むといった役割も果たしている[1][2]。サザンではデビュー当時からリードギターを担当していた。 桑田いわく大森をサザンに誘い加入させた理由として、候補がほかに2、3人いたが、1人は「チャランポランでダメ」、もう1人は「テクニックはあるけれどどうもボクよりも音楽を知ってる」といい、大森に対しては「彼はそのどっちでもない」「じゃ下手かっていうと、違う、しっかりちゃんとやってる」「本当にこいつならまかせられると思った」と述べている[3]1980年代には、元「ゴールデンハーフ・スペシャル」のリンダ[4]と結婚したが、後に離婚。 間もなく現在の妻・涼子と再婚した[5][要出典]

1978年のデビュー以来、23年に及ぶサザンでの活動の後、2000年の年越しライブを肉体的疲労や、リフレッシュなどを理由に欠席し[6]2001年8月7日には「二、三年という短い期間ではなくじっくりと長い時間をかけて大森個人のソロ活動に集中するため」という理由で脱退を発表、ソロ・アーティストとなる。なお、アミューズはこの脱退はあくまでもサザンのメンバー全員が前向きに検討した末に出した結論であり、グループとしての活動やメンバー間の関係を否定するものではない事をコメントしており、メンバー全員も大森に対して前向きなコメントをしていた[7]。大森自身、サザンのメンバーに関しては「戦友」であると述べている[8]

創価学会員であり、サザン脱退の原因も学会への熱心な活動にあると報じられたことがあるが、アミューズはそれが脱退の原因であることは否定している[9]

2006年に入ってからは大森隆志、およびPROJECT OAとしての活動は発表されておらず不透明となっていた。また、この頃には公式HPの掲示板が閉鎖され、大森自身が執筆している日記も更新されていなかったうえ、4ヶ月ぶりの更新にも今年度の活動に関することが説明されていなかった。ファンクラブに関しても、会費の振込先が大森個人の口座であること、会報が送られてこないなどのトラブルが発生しているともいわれていた[10]

その矢先の5月11日覚せい剤10g、大麻40gを所持していたとし、覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反の現行犯で、妻と共に神奈川県警逮捕された。 本人は「自分で吸うために買った」と事実を認めたが、入手経路は「言えない」と黙秘。自宅から押収された大麻が尋常な量ではなかったことから、暴力団とのからみもにらんで捜査が行われた。また、桑田はラジオ番組『桑田佳祐のキヤノンFMワンダーランド~やさしい夜遊び~』でこの事件に触れ、友人として大森に代わって謝罪をし、「当たり前ですけど社会とかファンの皆様とかずっと見守って応援してくれた皆様に今できることは罪を償うことでしょ」「それからですよ、私が彼を半殺しにするには。ギターで殴ります」「いいスタッフを自分で見つけろ、叱ってくれるスタッフとか傍に置きなさい」「人間関係さぼるな」といった発言をしている。[要出典]

2006年7月19日判決公判では、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年が言い渡された。その翌年からは音楽活動を再開しており、ブログも開始し頻繁に更新している。[要出典]

脱退後及び2006年の事件後は公の場で大森がサザンに在籍していた事について触れられる頻度が減り、6人時代の映像[注 1]や写真が紹介される際には大森が映らないように編集される[11][注 2]、結成当初から5人であったかのような説明がなされる[注 3]、6人時代の楽曲も収録されている2018年のベストアルバム『海のOh, Yeah!!』の歌詞カードに名前がクレジットされないといった対応がされている[注 4]

高橋ジョージとは「盟友」であり、BOROとは「兄弟以上の関係」と述べている[18]

作品編集

サザンでも何曲かボーカル曲があり、その際には作詞曲も自ら担当している。また、ソロユニットTABO'S PROJECTを結成しシングルアルバムを発表しているほか、大森隆志名義でのソロアルバムも1枚発表している。サザンを独立後にもソロミュージシャンとしてライブを中心に活動しており、新ユニットPROJECT OAとしてテレビ出演も果たす。

以後、さまざまなアーティストとジョイント・ライブ活動。また、障害者の施設にて演奏披露、大和ミュージアムのオープン記念式典プロデュースと、ボランティア活動にも意欲を見せ、現在に至る。

略歴編集

  • 1980年
  • 1982年
    • 1stソロアルバム『真夜中のギターボーイ』発表。
    • 渋谷京都神戸大阪にてライブハウスツアー。
  • 1986年
    • 135のデビューシングル「0%麗人」を作曲プロデュース。c/wの「SOLDIER」も作曲。
    • 音楽ユニットTABO'S PROJECTを、矢島賢ギター)、NATSU(ボーカル)と共に結成。1stシングル「DANCE AWAY (ひとりぼっちにサヨナラ)/TRUTH」、1stアルバム『EYES OF A CHILD』発表。
    • 原宿ラフォーレ・ミュージアムにて同アルバム発売記念ライブを2日間に渡り行う。結局このプロジェクトはこの2枚のみ発表し解散。
    • 中村雅俊に楽曲「風が踊る午後に」を提供。
    • 若林加奈にシングル曲「COOL~アナタガタリナイ~」を作曲。
  • 1988年
  • 1989年
  • 1990年
    • 永田真代のアルバム『JUST ME』収録曲「水の惑星」を作曲。
    • ビクターエンタテインメントの企画作品、『スノー・バードホテル』のプロデュースに参加。収録曲『SILENT MORNING』を作曲。
    • 原田知世のアルバム『BLUE IN BLUE』プロデュース。そのうち「SILENCE BLUE」「白い朝」「蒼い夢」を作曲。
  • 1991年
    • BOROのアルバム『薔薇と女』で、タイトル曲「薔薇の女」を作曲。
    • 原田知世のアルバム『彩』をプロデュース。「BREEZE」を作曲。
    • ラングラーTVのCMソングを製作。
    • 浅香唯のアルバム『硝子の都』収録曲、「宇宙への手紙」「サイクリング・ガール」を作曲。さらにアルバム『STAY』のサウンド・プロデュースを担当、収録曲「友情」「Rhythm of Universe」を作曲。シングル曲「愛しい人と眠りたい」の作曲も担当する。
    • 「ワンコリアフェスティバル」に対して「もともと一つの家族なんだから、一日も早くあるべき姿に戻られんことを願ってやみません。」と賛同のコメントを寄せる[20]。翌年の1992年にも同じコメントを寄せている[21]

ディスコグラフィー編集

TABO'S PROJECT編集

シングル編集

  • DANCE AWAY (ひとりぼっちにサヨナラ) (1986年10月21日)
    作詞:神沢礼江/作曲:矢島賢/編曲:TABO'S PROJECT
    b/w TRUTH (Song For World Peace) 作曲:大森隆志/編曲:TABO'S PROJECT

アルバム編集

  • EYES OF A CHILD (1986年11月5日)
  1. FEEL
  2. DANCE AWAY (ひとりぼっちにサヨナラ)
  3. TIME’S STREET
  4. EYES OF A CHILD
  5. 突然炎のように
  6. ティアーズ
  7. LOGICAL PRESSURE
  8. ふたりの宝島
  9. TRUTH (Song For World Peace)

大森隆志編集

シングル編集

  • 熱いくちづけ / 遠い夏 (2003年1月1日)
    作詞:大森隆志/作曲:大森隆志
  • THE THEME OF YAMATO (2011年7月8日)
    作詞:小林和子/作曲:大森隆志
    b/w 九月の風(Featuring 日野 'JINO'賢二)

アルバム編集

  • 真夜中のギター・ボーイ (1992年6月27日)
  1. 情熱のラスト・キッス
  2. ハイ・スピード
  3. 君を想えば
  4. ユダヤ人のように
  5. オーロラに乗って
  6. リトル・ウィング
  7. グッドバイ・ハードボイルド
  8. Together
  9. グッドナイト・スウィートハート
  • Song For You (2005年1月1日)
  1. 9月の風 (with Bennie Maupin)
  2. The Rhythm Of 8beat
  3. Kenji
  4. Ferrari
  5. なんば君の事務所 (Acoustic Version)
  • Guitar Boy Fantasia (2015年1月9日)
  1. Sunrise
  2. 長者町の散歩道
  3. Solbar
  4. Bell Song
  5. J-45 (For My Dear Friend)
  6. Fantasia
  • RISING (2016年12月12日)
  1. Love Sick Chicken
  2. Still I Love You
  3. Rising
  4. Southern Breeze
  5. なんば君の事務所
  6. プロヴァンスの夜明け
  7. Father
  8. 月夜の横浜
  9. Song For You

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ ただし、逮捕前の2004年に発売されたミュージック・ビデオ集『ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)』には6人時代の楽曲のPVやライブ映像も収録されている。
  2. ^ ただし、2005年のシングル及び2008年のアルバム再発時には、写真・クレジット共に発売当初のまま印刷されており、大森自身が作詞・作曲した楽曲もそのまま収録されている[12]。なお、2013年のSWITCHの特集ではレコーディングやライブなどの写真が大森が映らないよう編集されている一方で[11]、レコード・CDのジャケット写真に関しては問題なく掲載されている[13]。2015年に桑田のインタビューと編集部による各アルバムのレビューを掲載した『ROCKIN'ON JAPAN』では、『NUDE MAN』のレビューの中に大森が作詞・作曲した「猫」を再評価する文面が存在し[14]、大森が映っている『熱い胸さわぎ』『Young Love』のジャケット写真もそのまま掲載された[15]
  3. ^ 2013年のSWITCHでの特集では「桑田、関口、原の三人が在籍していた青山学院大学の軽音サークル「Bettr Days」の学生バンドに松田と野沢が合流した」と書かれている[16]。一方でサザンオールスターズの公式サイトのバイオグラフィーの「1977~1972(夜明け前)」の項には大森に関する記述もなされている[17]
  4. ^ この件は大森が自身のFaceBookで指摘しており、アルバムがアミューズから送られて来た事も伝票の写真で報告している。J-CASTニュースの取材に対しアミューズは「企画アルバム」という性質もあるとしつつ、クレジット表記については「既発曲については作詞・作曲・編曲のみ」「新曲については作詞・作曲・編曲のほか、ゲストミュージシャンらの名前も表記」「バンドメンバーやスタッフについては現在、在籍している人のみ」という3つの決まり事があった事をコメントしている[12]

出典編集

  1. ^ 大森隆志×平野 悠 ー『Back to Shimokitazawa』開催記念特別対談(Rooftop2017年6月号) 2ページRooftop
  2. ^ 大森隆志×平野 悠 ー『Back to Shimokitazawa』開催記念特別対談(Rooftop2017年6月号) 3ページRooftop
  3. ^ 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」(1984年、新潮社、p43)
  4. ^ Southern All Stars』収録の「GORILLA」には作詞:LINDA OMORIというクレジットがされている。
  5. ^ “元サザン”肩書重く、マスオさん状態…妻も薬物zakzak
  6. ^ 「STANDOOH! AREEENA!! C'MOOOON!!!」
  7. ^ いつもサザンオールスターズを応援して下さっている皆様へ アミューズからの告知
  8. ^ デビュー36周年”. 大森隆志オフィシャルサイト~ブログ. 2014年6月25日閲覧。
  9. ^ サザンオールスターズ「創価学会問題」で内輪モメ 『週刊現代』2001.9.1号
  10. ^ 元サザン「ター坊」薬物所持…覚せい剤&大麻zakzak
  11. ^ a b SWITCH Vol.31 No.8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p44 - 45, 47, 50 - 51より。
  12. ^ a b 元サザン大森、ベスト盤から「クレジットが消えた」? 理由を事務所に聞くと...2018年8月15日 J-CASTニュース
  13. ^ SWITCH Vol.31 No.8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p47, 48 - 49, 52 - 53より。
  14. ^ 『ROCKIN'ON JAPAN』2015年4月号(29巻5号、通巻450号)、ロッキング・オン、2015年、64頁。
  15. ^ 『ROCKIN'ON JAPAN』2015年4月号(29巻5号、通巻450号)、ロッキング・オン、2015年、61、62、67頁。
  16. ^ SWITCH Vol.31 No.8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p28より。
  17. ^ BIOGRAPHY 1977~1972(夜明け前)サザンオールスターズ Official Site
  18. ^ 大和チャリティコンサート2014 KURE  写真館”. 大森隆志オフィシャルサイト~ブログ. 2014年11月4日閲覧。
  19. ^ 関口和之がサウンド・プロデュースを担当
  20. ^ 1991年 賛同のメッセージ
  21. ^ ワンコリアメッセージ1992

外部リンク編集