大橋節夫
大橋 節夫(おおはし せつお、1925年2月2日 - 2006年6月7日)は、日本のハワイアン歌手、スティール・ギター奏者。
大橋 節夫 | |
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生誕 | 1925年2月2日 |
出身地 | 東京都 |
死没 | 2006年6月7日(81歳没) |
ジャンル | ハワイアン、ムード歌謡 |
職業 | 歌手、演奏家、作詞家、作曲家、編曲家 |
担当楽器 | ウクレレ、スティール・ギター |
人物 編集
東京都出身。ニックネームは「オッパチさん」(オッパッツさん)。
後に石原裕次郎や五木ひろしがカバーした「倖せはここに」などがヒットし、戦後の日本にハワイアンブームをもたらした。加山雄三のヒット曲「お嫁においで」の編曲、演奏を手がけたことでも知られる。
12歳からウクレレを始めたが、間もなくスチールギターに転向。
1941年にセブンスターズ・ハワイアンを結成[1]。1943年に海軍予備員となり、翌年に洲ノ崎派遣隊隊長として出征。復員後の1946年にセブンスターズ・ハワイアンを再結成[1]。
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後の1948年「大橋節夫とハニーアイランダース」を結成。
1975年にハニーアイランダースを解散してソロ歌手に転向する[1]。
1995年勲四等瑞宝章受章。2000年第42回日本レコード大賞功労賞受賞。
作品 編集
大橋節夫とハニーアイランダース名義 編集
シングル 編集
- 小さな竹の橋で ON A LITTLE BAMBOO BRIDGE/南国の夜 ON A TROPIC NIGHT(コロムビアレコード、LL-3716)
- 南国の夜 ON A TROPIC NIGHT/小さな竹の橋で ON A LITTLE BAMBOO BRIDGE(コロムビアレコード、SAS-413)
- あきらめてはいるけど/淋しいギターひき(コロムビアレコード、SAS-)
- ハワイアン・マーチ/鐘はなる(コロムビアレコード、SA-84)
- 東京ワルツ/青春日記(コロムビアレコード、SA-803)
- 倖せはここに/口笛吹いて(東芝レコード、TP-1182)
- あの星はママの星/夢の人(東芝レコード、TP-1267)
- なぎさ/赤いレイ(東芝レコード、TP-1483)
- 君を待つ夜 夕映えの彼方に(1968年、東芝レコード、TP-2032)
大橋節夫名義 編集
シングル 編集
- ズボンの折目/さり気ない素振りで(1976年、キングレコード、BS-1990)
- シバラク/グッバイホノルル(1976年、キングレコード、NCS-1323)- 伴奏・コーラス:今井 久とパープル・シャドウズ
- 赤いレイ/赤い貝がら(1982年、Discomate、DSK-206)
- ズボンの折目/涙は見せないで(RCA、JRT-)
アルバム 編集
- HAWAIIAN(YD25-0007)
- ロンサム・ビーチ・ボーイ(1982年、Discomate、DSK-4002)
脚註 編集
- ^ a b c 大橋節夫プロフィール日本コロムビア
- ^ 日本のハワイアンの草分け 大橋節夫さん死去[リンク切れ] 夕刊フジ 2006年6月9日閲覧
外部リンク 編集
- 大橋節夫プロフィール日本コロムビア