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大江 スミ(おおえ すみ、明治8年(1875年9月7日 - 昭和23年(1948年1月6日)は、明治から昭和にかけて活躍した教育家。女子教育の先覚者。東京家政学院(現・東京家政学院大学)創立者で、日本における家政学の先駆者[1]長崎県出身。旧姓・宮川。東洋英和女学院中学部・高等部お茶の水女子大学卒業。文部省の国費にてロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校に留学。

経歴編集

人物編集

  • スミは常にユーモアに満ち、感性と比喩に長けていた。たとえば教育実習に出る学生には「『つもり教育』『はず料理』はいけませんよ!」と教え、「ベターは駄目、ベストを心がけましょう」「謙虚さは美徳」「『だって、けれど』はいけません」「耳だこ教育は母の役です」など数多くが伝わっている。
  • 家政学の地位を「三ぼう主義」(女房、説法、鉄砲)という概念をもって説明した。「女房」は家庭の中心で家を治めるもの、「説法」は宗教(キリスト教)であり、個人の心を治めるためにも家庭や社会にとっても正義を実行するために重要なもの、「鉄砲」は戦争のためではなく平和を保つために必要なものという論理を展開した。
  • 後年、家政学院設立時の教育の理想としてKnowledge(知識を深める)、Virtue(徳性を養う)、Art(技術を磨く)の頭文字を取りKVA理念を説いた。
  • 1940年東京オリンピック(大戦で中止)の開催が決まった直後の1936年12月、家政学院の学友会誌に「改むべき事ども」を寄稿し、煙草の吸い殻などゴミのポイ捨てをやめ、トイレは男女別々にして、外国人に親切にすべきことを訴えた[1]

著書編集

  • 『家事実習教科書』 元元堂書房,1910
  • 『三ぼう主義』 宝文館,1911
  • 『応用家事講義』 宝文館,1916
  • 『応用家事教科書』 宝文館,1917
  • 『礼儀作法全集』 中央公論社,1938
  • 『女子礼法』(久米茂との共著)光生館,1941

関連項目編集

雑誌『新女界』:安井てつと共に参画

脚注・出典編集

  1. ^ a b 「幻の東京五輪」で外国人接し方説く 家政学先駆者の文章発見『産経新聞』朝刊2018年12月19日(東京面)。

参考資料編集

  • 『大江スミ先生』 大濱徹也著,東京家政学院光塩会, 1978.10
  • 『ひとひらの雪として』 大濱徹也著, 東京家政学院光塩会, 1990.4

外部リンク編集