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大江成衡
時代 平安時代中期
生誕 不明
死没 不明
官位 従四位上大学頭
主君 後冷泉天皇
氏族 大江氏
父母 父:大江挙周、母:高階明順娘
兄弟 成衡、能高
橘孝親娘
匡房、頼豪、陽明門院信濃
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大江 成衡(おおえ の なりひら)は、平安時代中期の貴族式部大輔大江挙周の子。官位従四位上大学頭

経歴編集

大学に入って文章生となり対策に及第。その後、信濃守を経て従四位上・大学頭に至ったとされる[1][2]康平6年(1063年)には散位であった[3]ことが知られているが、叙位任官の時期や生没年については分かっていない。

人物編集

子の匡房は『江談抄』にて成衡を「無才」としている。しかし匡房は同時に、自分が大成できたのは自らを「江家の文預」と称して、大江氏伝来の蔵書を大切に扱ってこれを伝えた父のお蔭であるとも語っている。

系譜編集

脚注編集

  1. ^ a b c 尊卑分脈
  2. ^ 『毛利家譜』
  3. ^ 朝野群載』(巻十三)。
  4. ^ a b 「大江系図」『続群書類従』巻第176