大沢 基清(おおさわ もときよ)は、江戸時代中期の高家旗本持明院基禎の子。通称は八丸、左京。官位従五位下侍従下野守

 
大沢基清
時代 江戸時代中期
生誕 元禄4年(1691年
死没 元文5年7月12日1740年8月4日
別名 通称:八丸、左京
官位 従五位下侍従下野守
幕府 江戸幕府 高家旗本
主君 徳川家継吉宗
氏族 持明院家庶流大沢氏
父母 父:持明院基禎、養父:大沢基貫
兄弟 基貫基清
正室:渋江胤直
基業松平基春ら2男2女
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略歴編集

正徳3年(1713年)6月29日、兄・大沢基貫末期養子として、家督を相続する。同年7月11日、7代将軍・徳川家継御目見する。

享保15年(1730年)12月15日、高家職に就き、従五位下・侍従・下野守に叙任する。

元文5年(1740年)7月12日、死去。享年50。

系譜編集

子女は2男2女。