大石田町
大石田町(おおいしだまち)は、山形県の北東にある人口約7千人の町。北村山郡に属する唯一の自治体。
おおいしだまち ![]() 大石田町 | |||||
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国 |
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地方 | 東北地方 | ||||
都道府県 | 山形県 | ||||
郡 | 北村山郡 | ||||
市町村コード | 06341-0 | ||||
法人番号 | 5000020063410 | ||||
面積 |
79.54km2 | ||||
総人口 |
6,112人 [編集] (推計人口、2023年2月1日) | ||||
人口密度 | 76.8人/km2 | ||||
隣接自治体 | 尾花沢市、村山市、最上郡舟形町 | ||||
町の木 | カツラ | ||||
町の花 | サクラ | ||||
大石田町役場 | |||||
町長 | 村岡藤弥 | ||||
所在地 |
〒999-4112 山形県北村山郡大石田町緑町1番地 北緯38度35分38秒 東経140度22分22秒 / 北緯38.59383度 東経140.37267度座標: 北緯38度35分38秒 東経140度22分22秒 / 北緯38.59383度 東経140.37267度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
地理編集
町の東部、最上川の流域に発展した町で、役場や中心商店街も河川のすぐそばにある。町の西南の端に葉山がある。
歴史編集
かつては最上川の舟運で栄えた。延喜式によると、多賀城と秋田城とを結ぶ街道沿いに「野後駅」という駅があったが、その場所は長年、尾花沢市を含む北村山郡内のいずれかではないかと推定されていたが、詳しい場所は分からなかった。近年、町北部の最上川沿いにある「駒籠楯跡」において、掘立柱建物の遺構群が発見され、発掘調査を行っている山形県教育委員会では、この遺跡が「野後駅」であった可能性が高いとしている。[1]
大石田の南には、碁点、隼、三ヶ瀬の最上川三難所があり、物資を安全に運ぶためには、大石田河港で陸揚げし、三難所を避けて陸路運ぶ方がリスクが少なく、確実であった。舟運で上流部に運ぶ場合でも、三難所があるため、酒田港からの大型の川舟はここまでしか入れず、三難所を越えるために小型の舟に積み替える必要があり、いずれにしても大石田河港に舟を着けなければならなかった。そのため、大石田は最上川の港としては最大の物資の集積地として繁栄した。天領であり、大石田川船役所が置かれた。その輸送路は山形県村山地方や置賜地方のみならず、奥羽山脈を越えて仙台藩にまで至り、仙台城下に上方の物資をもたらした。
一方、最上川の対岸に当たる横山と田沢は新庄藩の飛び地であった。新庄藩の立藩から幕末まで一貫して新庄藩領であり、横山番所が置かれた。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行、大石田村、亀井田村、大高根村が成立。
- 大石田村 ← 大石田村,今宿村
- 亀井田村 ← 海谷村,岩ヶ袋村,鷹巣村,川前村,豊田村,駒籠村,大浦村,次年子村
- 大高根村 ← 横山村,田沢村,富並村,山内村,白鳥村
- 1897年(明治30年)1月23日 - 町制施行、大石田村より大石田町となる。
- 1901年(明治34年)5月1日 - 大高根村より、大字横山・田沢が横山村として分立。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 大石田町、亀井田村、横山村が合併し、大石田町となる。
- 2020年(令和2年)7月29日 - 集中豪雨により最上川が氾濫。床上・床下浸水600戸以上。浄水場が水没したため町内のほぼ全域で断水[2]。同日付で他市町村とともに災害救助法が適用[3]。
行政編集
- 町長:庄司喜与太(しょうじ きよた、 2011年11月13日 - 2019年11月13日)
- 町長 村岡藤弥(むらおか ふじや、2019年11月13日〜現在)
隣接する尾花沢市との合併が協議されて新市名公募をし、「はながさ市」という名前まで決まっていたが、2005年(平成17年)2月13日に大石田町で行われた住民投票の結果、合併反対が多数だったため合併を断念し、2005年(平成17年)3月31日合併協議会も解散した。
経済編集
産業編集
郵便局編集
- 大石田郵便局 (集配局)
- 亀井田郵便局
- 小菅簡易郵便局
- 次年子簡易郵便局
金融機関編集
姉妹都市編集
地域編集
人口編集
大石田町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 大石田町の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 大石田町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
大石田町(に相当する地域)の人口の推移 | |
総務省統計局 国勢調査より |
教育編集
- 中学校
- 小学校
- 社会教育
- 大石田町立歴史民俗資料館
- 歴史資料、文化資料、町にゆかりのある美術品などを収蔵展示する資料館。
- 統合中学校の開校
大石田第一中学校と亀井田中学校との統合中学校が実施され、2010年4月1日に「大石田町立大石田中学校」として開校となった。旧大石田高校の解体作業が終了している。
交通編集
空港編集
鉄道路線編集
路線バス編集
道路編集
- 高速道路
- 一般国道
- 都道府県道
- 主要地方道
- 山形県道30号大石田畑線
- 山形県道36号新庄次年子村山線
- 一般県道
- 山形県道121号尾花沢大石田線
- 山形県道123号荻袋大浦線
- 山形県道189号大石田土生田線
- 山形県道305号大石田名木沢線
- 山形県道306号次年子大浦線
- 山形県道381号村山大石田線
- 主要地方道
観光ほか編集
- 大石田まつり
- 大石田まつりは、町のメインストリートで、船曳きが行われ、神輿がパレードを組む夏祭り。その後、付近の最上川河川敷きで灯篭流しがあり、続けて大花火大会に移行する。
- 最上川大花火大会
- 会場となる最上川の河川敷はそれほど広くはないが、観客席と、対岸の花火の打ち上げ地点の距離が近いため、大音響と触れられるほど近い火花は迫力がある。
- あったまりランド深堀
- 大石田ゴルフクラブ
- 大石田そば街道
- 乗船寺
- Coe no Kura (こえのくら)
エピソード編集
出身有名人編集
脚注編集
- ^ 大石田・駒籠楯跡で大型建物跡見つかる 「野後駅」の可能性さらに
- ^ “5429世帯断水、復旧めどたたず 尾花沢と大石田”. 山形新聞 (2020年7月30日). 2020年7月20日閲覧。
- ^ “令和2年7月3日からの大雨による災害にかかる災害救助法の適用について【第11報】”. 内閣府 (2020年7月29日). 2020年7月20日閲覧。