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大里(おおさと)は、埼玉県北部地方の一部、熊谷市深谷市大里郡寄居町を指す地域名。

目次

概要編集

埼玉県土の約10%を成している。耕地面積は約17%になり、県下最大の農業地帯となっている[1]

地域北端を利根川が、中央部を荒川が、それぞれ西から東へと流れている。

西部は、洪積台地であり、畑地が広がる。 南部は、洪積土壌と荒川沿いに沖積地が形成されている。 北東部は、平坦で沖積土壌となっており、田畑が広がる。

2010年4月現在の人口は、389,912人。

地域の自治体2市1町で、大里広域市町村圏組合を構成(管理者:熊谷市長、副管理者:深谷市長・寄居町長)しており、一部事務の共同処理を行っている。

1878年に郡区町村編制法によって設立された埼玉県大里郡の区域及び後に大里郡に編入された幡羅郡榛沢郡男衾郡の区域を中心に構成される。 さらにそれに加え、旧熊谷町、後の熊谷市が合併編入した旧北埼玉郡に属していた村だった地域(成田村中条村太井村の一部・星宮村の一部)を含めて「大里地域」と呼ばれる。

平成の大合併によって全国的に市町村合併へ意欲的に動いていた時、旧熊谷市・妻沼町大里町江南町の1市3町、旧深谷市・岡部町川本町花園町の1市3町で合併、寄居町が現状維持を選択し、2市1町に再編されたが、この合併には紆余曲折があった。当初「大里はひとつ」を合言葉に当時の大里地域2市7町全体での合併を模索していたが破綻。その後、江南町が住民投票の結果により、旧熊谷市などとの合併協議から離脱したものの、財政難から新熊谷市(1市2町で一旦新設合併)に編入合併する形で遅れて合流した。また、花園町・寄居町が2町での合併を模索して、旧深谷市などとの合併協議から離脱した後に、花園町のみが町長・町議会の対立と住民投票を経て、合併協議に合流(こちらは新設合併に間に合った)した(現在、深谷市消防本部が、寄居町の消防を受託している)。

歴史編集

「大里」「大里郡」は、武蔵国大里郡として長い歴史を持っている。ここでは、近代、特に大里地域の区域が変更される事柄を中心に、主要な大里地域の歴史を抜粋する。

大里地域としての主な施設編集

大里広域市町村圏組合編集

  • 熊谷衛生センター
  • 深谷清掃センター
  • 江南清掃センター
  • 大里広域クリーンセンター

その他編集

  • 埼玉県大里農林振興センター
  • 六堰頭首工
  • 熊谷県土整備事務所(埼玉県県土整備部の大里地域のみを管轄している事務所)

交通編集

脚注編集

外部リンク編集