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大野木 秀次郎(おおのぎ ひでじろう、1895年11月25日 - 1966年3月4日)は、日本の政治家京都府京都市東山区山科(現・山科区)生まれ。立命館大学経済科中退。

大野木製作所社長を経て、1946年貴族院議員(多額納税者議員)に当選。翌1947年には第1回参議院議員通常選挙京都府選挙区自由党より出馬し当選。以後通算当選4回。在任中は、サンフランシスコ講和条約の首席全権代理、参議院自由党議員会長、自民党京都府議連初代会長(4期連続)などを務めた他、第3次吉田内閣第3次改造内閣および第5次吉田内閣国務大臣を務めるなど国政の要職を歴任した。

実業界では京都商工クラブ会長に就任した他、寺社関係において鞍馬寺知恩院泉涌寺妙心寺の総代として活躍。また、母校の立命館大学や、京都薬科大学で理事職にあったほか、京都外国語大学では理事長を務めるなど教育界においても幅広い活躍をみせた。

なお、大野木が昭和11年に京都市山科区に建てた自宅は、現在「京都洛東迎賓館」となっている。

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