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大阪市立安立小学校(おおさかしりつ あんりゅう しょうがっこう)は、大阪府大阪市住之江区にある公立小学校

大阪市立安立小学校
Anryuu elementary school
Osaka City Anryuu elementary school 20181124.jpg
過去の名称 東成郡安立尋常高等小学校
大阪市安立尋常高等小学校
大阪市安立国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪市
設立年月日 1910年
創立者 東成郡安立町
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 559-0004
外部リンク http://swa.city-osaka.ed.jp/swas/index.php?id=e721631
プロジェクト:学校/小学校テンプレート
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沿革編集

学校所在地周辺の住之江区安立地区(旧東成郡安立町)では明治時代初期から中期にかけては独自の小学校をもたず、近隣の東成郡墨江村(現在の住吉区墨江・遠里小野など)・東成郡住吉村(現在の住吉区帝塚山・大領・住吉など)と共同で墨江村に墨江尋常小学校(現在の大阪市立墨江小学校)を設置し、町の児童は墨江小学校に通学していた。

その後各町村ごとに小学校を設置する気運が高まり、墨江尋常小学校より分離する形で、1910年6月に東成郡安立尋常小学校として創立した。その後安立町は1925年に大阪市に編入され、それに伴い小学校も大阪市立となった。

1941年国民学校令により大阪市安立国民学校となった。

太平洋戦争の戦局悪化に伴い大阪市の国民学校では学童疎開を実施することになった。縁故疎開に頼らない生徒は学校単位での集団疎開を実施することになり、各行政区ごとに行き先の府県が割り当てられた。当時の住吉区では大阪府泉州地域が疎開先として指定され、安立国民学校の児童は泉大津市および泉北郡忠岡町へと疎開した。さらに1945年には集団疎開の第二次対象者が泉北郡和泉町(現在の和泉市)へと疎開した。

1945年3月13日の第一次大阪大空襲では、校舎が全焼する被害を受けている。

学制改革により、1947年に大阪市立安立小学校となった。2000年には大阪市立清江小学校の設置により、従来の校区の一部を清江小学校および大阪市立住之江小学校の校区へ変更している。

年表編集

通学区域編集

  • 大阪市住之江区 安立1-4丁目、住之江1-3丁目、西住之江1-4丁目、浜口東2-3丁目。
卒業生は大阪市立住之江中学校に進学する。

交通編集

出身著名人編集

関連項目編集