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大阪府立今宮工科高等学校

大阪府立今宮工科高等学校(おおさかふりつ いまみやこうかこうとうがっこう)は、大阪府大阪市西成区に位置する大阪府立の工業高等学校

大阪府立今宮工科高等学校
大阪府立今宮工科高等学校
過去の名称 大阪府立今宮職工学校
大阪府立今宮工業高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪府の旗 大阪府
学区 大阪府全域
設立年月日 1914年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程・定時制課程
単位制・学年制 学年制(全日制)、単位制(定時制)
設置学科 全日制:工学系、機械系、電気系、建築系、
グラフィックデザイン系
定時制:総合学科
学期 2学期制
高校コード 27307E
所在地 557-0024
大阪府大阪市西成区出城1丁目1番6号

北緯34度39分1.1秒 東経135度29分47.4秒 / 北緯34.650306度 東経135.496500度 / 34.650306; 135.496500座標: 北緯34度39分1.1秒 東経135度29分47.4秒 / 北緯34.650306度 東経135.496500度 / 34.650306; 135.496500
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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概要編集

略称は「今工」(いまこう)。大阪府立今宮工業高等学校から再編され、2007年平成19年)3月31日に工業高校としての最後の卒業生を送り出した。

1年時は全員共通科目を履修し、後期から各系に分かれ2年で専科に分かれる。他の工科高校と比べ半年早い。

設置課程編集

全日制
  • 機械系(機械技術専科・生産技術専科)、
  • 電気系(電気技術専科・電子制御専科)、
  • 建築系(建築設計専科・建築生産専科)、
  • グラフィックデザイン系(グラフィックデザイン専科)
定時制
  • 総合学科(教養系列・機械系列・電気系列・建築系列)

今宮工業高等学校時代には、全日制機械科・電気科・建築科・グラフィックアーツ科(印刷工業科から改編)、および定時制機械科・電気科・建築科・普通科を設置していた。

定時制普通科は1990年代、大阪府教育委員会の定時制高校再編策により近隣の大阪府立今宮高等学校定時制が廃止されたことに伴い、今宮高校定時制の実質的な後継として増設されたものである。

沿革編集

  • 1914年 - 大阪府立職工学校(現在の大阪府立西野田工科高等学校)の今宮分校として、西成郡今宮村大字木津(現在地)に創立。
  • 1916年 - 大阪府立今宮職工学校として分離独立。
  • 1918年 - 夜間部を設置。
  • 1932年 - 米国シカゴ市にて開催の進歩一世紀万国博覧会に電動機製作に関する「限界ゲージ」を出品し褒状を受ける。
  • 1938年 - 夜間部が大阪府立今宮第二職工学校として独立。
  • 1941年 - 大阪府立今宮工業学校と改称。
  • 1945年 - 大阪大空襲で校舎が被災。
  • 1947年 - 戦災状況視察のため昭和天皇行幸。
  • 1948年 - 学制改革。大阪府立今宮職工学校・大阪府立今宮第二職工学校を統合改編し、大阪府立今宮工業高等学校となる。全日制と定時制を併設。
  • 1988年 - 現在の実習棟が完成し、旧実習棟の後にはグラウンドが作られた。
  • 2005年 - 大阪府立今宮工科高等学校開校。
  • 2007年 - 大阪府立今宮工業高等学校閉校。

事故・訴訟編集

2012年、水泳部男子部員が飛び込み台に座っていた時に他男子部員に背後から押されて頭からプールに転落し、手足が殆ど動かない麻痺状態の障害を負う。2014年、元生徒の被害男性と家族が「安全配慮が足りなかった」として背中を押した加害元部員と大阪府に対して約3億1000万円の損害賠償請求。2015年9月、大阪府教育委員会は、安全指導が不十分だった点を認めて和解勧告に応じ、解決金1億円を支払う事で和解[1]

2017年、バレーボール部にて、男子部員が顧問から体罰を受けている映像がメディアに公開された[2]

出身者編集

交通編集

関連項目編集

脚注編集

外部リンク編集