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大鯰が描かれた鯰絵

大鯰(おおなまず)は、巨大なナマズの姿をした、日本伝説の生物。地下に棲み、身体を揺することで地震を引き起こすとされる。

古くは、地震を起こすのは日本列島の下に横たわる、あるいは日本列島を取り囲む地震虫だと言われていたが、江戸時代頃から、大鯰が主流となった。

ただし、ナマズと地震の関係について触れた書物としては古く『日本書紀』にまで遡ることができるといわれる[1]安土桃山時代の1592年、豊臣秀吉伏見城築城の折に家臣に当てた書状には「ナマズによる地震にも耐える丈夫な城を建てるように」との指示が見え[2]、この時点で既にナマズと地震の関連性が形成されていたことが伺える。

鹿島神宮の祭神武甕槌大神香取神宮の祭神経津主神の二柱は、大鯰を要石で頭と尾をそれぞれ押さえつけることで地震を鎮めるという[3]

大村神社には、天平神護3年(767年)に武甕槌大神経津主神が常陸・下総の国より奈良の三笠山遷幸の途次、大村神社に御休息し地下の大鯰を鎮める要石を奉鎮したと伝わる[4]

福岡県太宰府市には、道を塞いでいた大鯰を通りかかった菅原道真が退治し石になったと伝わる鯰石がある[5]

阿蘇山の湖では昔、健磐龍命が開田のため外輪山の現在の立野あたりを蹴破り湖の水を外に出し、その時湖の主の大鯰が引っ掛かり水がスムーズに流れ出なかった。健磐龍命が大鯰を説得すると、おもむろに流れていきその跡が今の黒川、白川であり、流れ着いたところが、上益城郡嘉島町の「鯰」になったという。この地方には他にも鯰の伝承・信仰が数多く残っている[6]

『竹生嶋縁起』には、竹生島で海竜が大鯰に変じて大蛇を退治した伝説がある。竹生島は金輪際の島であり、大鯰に取り囲まれて守られているという[7]

出典・脚注編集

  1. ^ おさかな雑学研究会 『頭がよくなる おさかな雑学大事典』 p.122 幻冬舎文庫 2002年
  2. ^ 『鯰<ナマズ>』 pp.47-102 「本草学のナマズから鯰絵の鯰へ」(執筆者:北原糸子)
  3. ^ 鯰(なまず)と地震と要石(かなめいし)
  4. ^ 土地の鎮めの「要石」
  5. ^ なまず石
  6. ^ なまず・阿蘇の謎
  7. ^ 琵琶湖に潜む鯰と竹生島縁起

外部リンク編集