奈良女子大学附属中等教育学校

奈良女子大学附属中等教育学校(ならじょしだいがくふぞくちゅうとうきょういくがっこう:Nara Woman University Secondary School)は、奈良県奈良市東紀寺町一丁目にある国立中等教育学校奈良女子大学附属学校であるが、本校は男女共学である。

奈良女子大学附属中等教育学校
Nara Women's University Secondary School.JPG
過去の名称 奈良県立奈良高等女学校
奈良女子高等師範学校附属高等女学校
奈良女子大学文学部附属高等学校・中学校
奈良女子大学文学部附属中等教育学校
国公私立の別 国立学校
設置者 国立大学法人奈良女子大学
設立年月日 1896年4月
創立記念日 5月1日
共学・別学 男女共学
課程 全日制
単位制・学年制 学年制
学期 2学期制
中等教育学校コード 29001H
所在地 630-8305
奈良県奈良市東紀寺町一丁目60番1号
公式サイト 奈良女子大学附属中等教育学校
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目次

概要編集

校風編集

校風は「自由自主自立」で、その精神は戦前からあるが学校として制定しているものではない。

創立記念日編集

創立記念日は5月1日。ただし、実際はゴールデンウィークの関係で5月2日が休みとなる。しかし、連休が重なる2005年は日曜日である本来の5月1日を創立記念日として、振替休日は行われなかった。これは授業時間を減らしたくない学校側の都合と思われる。

進学編集

受験偏重の風潮に逆らい、以前は卒業生の進学・就職先のみの統計を公開し、他校のように合格者数を発表することはなかった。しかし近年は合格者数の統計を公開している。

教育編集

独自のカリキュラムを組んでいる。また、様々な教育についての取り組みがある。これらには大学や他の学校と協力して行われるものもある。

  • 美術」、「音楽」、「生活デザイン(3 - 6年)」、「科学と技術(4年のみ)」の4科目を束ねる「創作科」の設立。1,2年は必修科目、3,4年は選択必修科目、5,6年は自由選択科目となっている。
  • 奈良女子大学の教員に講義してもらう、「アカデミックガイダンス(AG)」。3 - 5年が対象。
  • 定期的に様々な職業の人に講演してもらう、「ヴォケーショナルガイダンス(VG)」。
  • 通常の授業とは異なる形態をとり、様々なテーマから一つを選んで大学レベルの講義・研究を一年を通して行う「コロキウム(5年のみ)」。
  • 宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校など、他校との交流。
  • 外国との交流。以前は奈良女子大学と連携したドイツイギリススウェーデンチェコ南アフリカの大学との交流、「グローバルクラスルーム(GC)」が年に一度行われていたが、現在は『YES for ESD』と称して年一回アジアの国々とフィリピンで交流を行っている。また、2011年に韓国の釜山国際高等学校、2012年に台湾の國立中山大學附屬國光高級中學と姉妹校提携を結んでいる。
  • 奈良県高等学校教員との人事交流。
  • 生徒が主導の研究や授業。
  • フィールドワーク(校外学習)の充実。
  • 2005年度から「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定され、理科の実験器具の充実が図られている。また理数系クラブの活動も盛んであり、研究成果によって賞を獲った生徒も存在する。

施設・設備編集

2001年に完成(2002年4月より使用を開始)した総合教育棟(通称 新館)では、コンピューター、情報、国際などの様々な機器や資料が備えられている。多目的ライブラリーや生協食堂・購買、多目的ホール、ゼミ室・マルチメディア語学教室などがある。近くに奈良公園があるため、以前は時折校内に鹿が迷い込むことがあった。しかし、子供を標的とした犯罪を防ぐため門の戸締りや柵の補修が徹底された結果、近年そのような迷い込みは稀なものとなっている。正門付近には鹿が入るので門を閉めるように促す旨の看板がある。 2016年夏には全普通教室と特殊教室の黒板を撤廃し、ホワイトボードとプロジェクターが導入された。

近年建物(比較的最近建設された新館を除く)の老朽化が進んでいることが問題となっており、天井や壁など生活における安全性の観点から危険と思われる箇所が複数ある。

設備の改修編集

グラウンドの北と西側に設置されたフェンスは定期的に改修が行われている。 新館南側に設営されたテニスコートは現在改修工事を行なっている(2017年2月25日現在)。

生徒の運動編集

その校風もあり、生徒の運動が盛んであった。70年安保などの学生運動が盛り上がりを見せた時は、大学での運動が附属にも伝播し、安保に反対するグループが学校を占拠し、学園祭が延期になったこともある。学生運動が治まった後も、制服問題、頭髪問題、上履き問題に対する運動が起こる。現在、制服は廃止されて私服となり、頭髪問題も2003年、激論の末に後期課程のみ頭髪の染色・脱色・パーマネントを認めるという決議が生徒大会でなされ、2004年に認められた。またつい最近議論されていた上履き問題については生徒大会で議決され、一度は現在使用しているスリッパで保留という結果になった。しかし、スリッパの細長い形状が正常な発育に差し障るという見解が出たことから、2006年度の入学生より順次変更されている。

沿革編集

前身は奈良県立奈良高等女学校であるが、その後奈良女子高等師範学校附属高等女学校に改組され学制改革に至った[1]

設立当初は良妻賢母の育成を目指していたが、大正デモクラシーの影響で、木下竹次らが自由で民主主義的な教育を展開した。

戦後の1947年学制改革で新制の附属中学校が発足し男女共学となった。翌1948年に附属高等学校が発足して1950年に高等学校も男女共学となり、1952年には奈良女子大学文学部附属高等学校・中学校となった。1958年に現在地である旧進駐軍キャンプ地(前は第16師団歩兵第38連隊駐屯地)に移転。

1973年の入学者より中高一貫教育に移行した。2000年には中等教育学校に改組され、奈良女子大学文学部附属中等教育学校となり、2004年から国立大学法人奈良女子大学附属中等教育学校となった。

1950年代から1970年代前半にかけては、県下随一の進学校と呼ばれるようになり、県内だけではなく大阪府京都府からの入学希望者も多かった。中には兵庫県から通った生徒もいた。当時、中学校から高等学校へ全員が自動的に進学できたわけではなく、入学試験が行われていた。高等学校から附属に入る生徒には、隠れて下宿する者もいたほどである。

1973年に中高一貫校となり、有名校への進学率は低下した。そして、独自のカリキュラムを作り現在の取り組みに繋がる。その頃からフィールドワークや生徒による話し合いや実験が充実している。

年表編集

  • 1896年明治29年) - 奈良県立奈良高等女学校が設置される。奈良市奈良町大字鍋屋に仮校舎を設けて開校。
  • 1897年(明治30年)3月 - 奈良市雑司町水門町に校舎を移転。
  • 1898年(明治31年)2月 - 敷地内に寄宿舎竣工。
  • 1906年(明治39年)4月 - 入学志願者のために初めて選抜試験を行う。
  • 1908年(明治41年) - 奈良女子高等師範学校が設置される。奈良県と奈良女高師は協議の結果、県立奈良高女を奈良女高師の附属高等女学校の代用とする計画を立てる。
  • 1909年(明治42年) - 奈良県は奈良女高師敷地内に附属高女校舎を建設し、県立奈良高女の生徒を収容する計画を発表。
  • 1911年(明治44年)
    • 9月 - 奈良県立奈良高等女学校が廃止され、奈良女子高等師範学校附属高等女学校が設立する。生徒および校舎を県立奈良高女から継承。
    • 10月 - 女高師の敷地内に新校舎が建設され、生徒が旧県立奈良高女から移転。
  • 1912年(明治45年)3月 - 奈良女高師附属高女としての第1回卒業式が挙行される。
  • 1916年大正5年) - 附属実科高等女学校を設置(後に附属高等女学校と統合)。
  • 1946年昭和21年) - 大学芸祭(現在の学園祭)が開始。
  • 1947年(昭和22年) - 学制改革に伴い、新制奈良女子高等師範学校附属中学校を設置。男女共学となる。
  • 1948年(昭和23年) - 学制改革に伴い、新制奈良女子高等師範学校附属高等学校を設置。設置当初は女子校。
  • 1949年(昭和24年) - 奈良女子大学新制大学)が設置され、奈良女子高等師範学校が包括される。
  • 1950年(昭和25年) - 附属高等学校も男女共学となる。
  • 1952年(昭和27年) - 奈良女子高等師範学校が廃止され、奈良女子大学文学部附属中学校・高等学校に改称。
  • 1958年(昭和33年) - 現在の場所(東紀寺町)に移転。
  • 1970年(昭和45年) - 新校舎が完成。反安保バリケード封鎖される。
  • 1973年(昭和48年) - 当該年度入学生から中高一貫教育を実施。
  • 1993年平成5年) - 新体育館兼講堂が完成。
  • 1997年(平成9年) - 校舎全面改修工事が完了。
  • 2000年(平成12年) - 奈良女子大学文学部附属中学校・高等学校が廃止され、奈良女子大学文学部附属中等教育学校となる。
  • 2001年(平成13年) - 総合教育棟が完成。
  • 2004年(平成16年) - 国立大学法人となり、奈良女子大学附属中等教育学校となる(文学部附属から全学の附属となる)。
  • 2005年(平成17年) - 奈良県の県立高校との人事交流開始。文部科学省指定のスーパーサイエンスハイスクールとなる。
  • 2010年(平成22年) - 創立100周年。記念式典等が行われ、玄関前に「に至る」という題のモニュメントが設置される。第1体育館の改修工事が完了する。

基礎データ編集

校歌編集

校歌は戦前からあるが、最近はまったく歌われず、校歌に代わるものとして戦後「学友の歌」が3つ作られた。現在は「学友の友 (3)」が入学式・卒業式などで歌われている。作詞は武部利男、作曲は前田卓央。過去には入学式の前には1番のみ録音されたカセットテープが入学予定者に貸し出されていたが、現在はインターネットが十分に普及したため、学校のホームページから聴くことになっている。また、入学式・卒業式の時には出席する生徒に歌詞カードが配られる。なお、その校歌は学校の新館の1階の入ってすぐ右手の壁の写真の中にある。

学校行事編集

学園祭編集

  • 1946年から始まり、当初の名称は「大学芸祭」であった。
  • 毎年、9月に行われ、学園祭運営委員会は3月から、各団体も早くて4月から活動を始める。
  • 校門のアーチは学園祭の顔として親しまれている。アーチの制作は夏休み前に始まり、夏休み期間中はほぼ毎日活動している。
  • 演劇発表が盛んで、津島勝鵜山仁八嶋智人松村武らを輩出している。
  • 教室を使った発表や、中庭に製作されたライブステージによる企画番組などがある。
  • 生徒が自主的に運営するもので、校風を育むもととなっている。
  • 2009年に行われた第65回学園祭では折り鶴で巨大な鶴のオブジェを作り、NHKや複数の新聞社の取材を受けた。またこの時使用された折り鶴を一つの輪にしたものは世界一多くの折り鶴を繋げた記録としてギネスにも認定された(2011年)。
  • 第67回学園祭からは、以前分割された広報部と外務部が再び統合され総務部となる。

その他、一泊行事(1年)や全校レクリエーション(遠足、各学年)、スキー合宿(3年)、修学旅行(5年)などにおいても、生徒の自主的な計画・行動が尊ばれている。

著名な卒業生・学校関係者編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 奈良県立図書情報館所蔵の奈良縣立奈良高等女學校一覧及び国会図書館所蔵の奈良女子高等師範学校一覧(大正元年度)の付属高等女学校沿革略による。

外部リンク編集