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奈良県立五條高等学校(ならけんりつ ごじょうこうとうがっこう、英語表記:Nara Prefectural Gojo Senior High School)は、奈良県五條市岡町に所在する公立高等学校。略称は「五高」(ごこう)。

奈良県立五條高等学校
Gokou 95.jpg
過去の名称 奈良県尋常中学校五條分校
奈良県郡山中学校五條分校
奈良県五條中学校
奈良県立五條中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 奈良県の旗 奈良県
学区 全県一学区
併合学校 奈良県立五條高等女学校
校訓 質実、剛健、礼節
設立年月日 1896年(明治29年)
創立記念日 11月1日
共学・別学 男女共学
分校 賀名生分校
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
商業科
農業科(賀名生分校
家庭科(賀名生分校)
高校コード 29128F
所在地 637-0092
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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概要編集

歴史
1896年明治29年)に奈良県尋常中学校奈良県立郡山高等学校の前身、旧制中学校)の分校として開校[1]1899年(明治32年)に独立し、1948年昭和23年)4月の学制改革により、新制高等学校となった。同年9月には高等女学校を前身とする奈良県立宇智高等学校と統合され、男女共学を開始した。2011年平成23年)に創立115周年を迎えた。奈良県内の公立高等学校としては、旧制中学校時代も含めると、奈良県立郡山高等学校に次いで、2番目に歴史が古い。
分校
賀名生分校(賀名生の読みは「あのう」)
所在地 - 〒637-0102 奈良県五條市西吉野町黒渕888(地図
設置課程・学科
本校
全日制課程 2学科(1学年あたり7クラス(普通科6クラス・商業科1クラス))
  • 普通科 - まなびの森コース(進学重視、1クラス40名、特色選抜)・のぞみの丘コース(文武両立)
  • 商業科
定時制課程 1学科(夜間)
  • 普通科 - 3年コース(3年間で卒業できる)・4年コース ※募集停止
賀名生分校
定時制課程 2学科(昼間)
教育課程(全日制課程)
  • 普通科
  • まなびの森コース - 水曜日は50分授業×6時限、月・火・木・金曜日は50分授業×7時限
  • のぞみの丘コース - 火・水・金曜日は50分授業×6時限、月・木曜日は50分授業×7時限
  • 商業科 - 月から金曜日まで50分授業×6時限
校訓
「質実・剛健・礼節」
校章
金剛山吉野川を図案化して組み合わせたものを背景にして、中央に「高」の文字を配している。制定当時の美術科教諭、花野五壌によって制作された。
校歌
作詞は西尾芳喬、作曲は信時潔による。歌詞は2番まであり、校名は登場しない。
制服
全日制課程の男子冬服はブレザー・ズボンにネクタイ着用。女子冬服はブレザー・スカートにリボンを着用。定時制課程(夜間)の服装は自由となっている。賀名生分校(昼間定時制)は全日制課程と同じ制服を着用する。
姉妹校
 ガートン・グラマー・スクールオーストラリア ビクトリア州 ベンディゴ市)- 英語表記 Girton Grammar School Bendigo
毎年3月に短期派遣留学を行っている。
同窓会
「金陽会」(きんようかい)と称している。

沿革編集

旧制中学校・新制高等学校(男子校)時代
  • 1896年(明治29年)
    • 4月 - 「奈良県尋常中学校五條分校」として、五條町垣内229番地に仮校舎を設置して開校。当初は教員5名、生徒94名が在籍。
      • 入学資格を中学校予備の小学校またはそのほかの学校の卒業者で12歳以上の男子、修業年限を5年とする。
    • 5月 - 五條町須恵に新校舎が完成。
  • 1899年(明治32年)
    • 4月 - 中学校令の改正により、「奈良県郡山中学校五條分校」と改称(「尋常」が除かれる)。
    • 7月 - 奈良県郡山中学校から分離し、「奈良県五條中学校」として独立[2]
  • 1900年(明治33年)2月 - 校舎を焼失。
  • 1901年(明治34年)
    • 3月 - 第1回卒業式を挙行。24名が卒業。
    • 5月 - 寄宿舎が完成。
    • 6月 - 「奈良県立五條中学校」と改称(県の後に「立」が加えられる)。
    • 9月 - 新校舎が完成。
  • 1921年大正10年)10月 - 同窓会「金陽会」が発足。
  • 1925年(大正14年)12月 - 校訓「五中精神」を制定。
  • 1936年(昭和11年)11月 - 創立40周年を記念し、同窓会館が完成。
  • 1941年(昭和16年)5月 - 食糧増産特設農場の経営を開始。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年になる。
  • 1944年(昭和19年)7月 - 勤労動員が始まる。
  • 1945年(昭和20年)
    • 3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、修業年限4年施行の前倒しが決定され、5年生と4年生の合同卒業式を挙行[3]
    • 4月 - 学校での授業が停止される。ただし勤労動員は継続される。
    • 8月 - 終戦。
    • 9月 - 授業を再開。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 修行年限が5年に戻る(4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革六・三制の実施)が行われる。
    • 旧制中学校の生徒募集を停止。
    • 新制中学校を併設し(以下:併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を併設中学校2・3年生として収容。
    • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 旧制中学校3・4年修了者はそのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となった(4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)が行われる。
    • 旧制中学校が廃止され、新制高等学校奈良県立五條高等学校」(男子校)が発足。
    • 旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は新制高等学校に継承され(名称:奈良県立五條高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
高等女学校・新制高等学校(女子校)時代
  • 1903年(明治36年)4月 - 「奈良県宇智郡五條町外八ヶ村組合立宇智郡女子手芸学校」が開設。教員5名。生徒定員を150名とする。
  • 1906年(明治39年)6月 - 「奈良県宇智郡五條町外八ヶ村組合立五條実業学校」と改称。農科木工科を設置し、男子生徒も収容。
  • 1907年(明治40年)4月 - 組合を解消し「五條町立五條実業学校」と改称。農科を廃止。
  • 1913年(大正2年)4月 - 「五條町立五條実科高等女学校」と改称。 
  • 1916年(大正5年)4月 - 「五條町立五條高等女学校」と改称。
  • 1917年(大正6年)6月 - 保育参考館を設置。
  • 1920年(大正9年)4月 - 移管により、「宇智郡立五條高等女学校」と改称。
  • 1923年(大正12年)4月 - 移管により、「奈良県立五條高等女学校」と改称。
  • 1924年(大正13年)6月 - 新校舎が完成。
  • 1929年(昭和4年)12月 - 雨天体操場(体育館)が完成。
  • 1931年(昭和6年)9月 - 第1回奈良県下女子中学校体育大会で優勝。
  • 1933年(昭和8年)10月 - 校旗を制定。
  • 1934年(昭和9年)6月 - 生徒図書閲覧室を新設。
  • 1935年(昭和10年)
    • 4月 - 専攻科を開設。
    • 12月 - 寄宿舎を改築し、「藤花寮」と命名。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 高等女学校の生徒募集を停止。
    • 新制中学校を併設し(名称:奈良県立五條高等女学校併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を併設中学校2・3年生として収容。
    • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 高等女学校3・4年修了者はそのまま高等女学校に在籍し、4・5年生となった(4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)が行われる。
    • 高等女学校が廃止され、新制高等学校「奈良県立宇智高等学校」(女子校)が発足。
    • 高等女学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は新制高等学校に継承され(名称:奈良県立宇智高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
新制高等学校(男女共学)
  • 1948年(昭和23年)9月1日 - 高校三原則に基づく公立高校統合・再編が行われる。
    • 奈良県立五條高等学校(男子校)と奈良県立宇智高等学校(女子校)が統合され、総合制の「奈良県立五條高等学校」(男女共学)が発足。
    • 修業年限3年の通常制普通課程と商業課程を設置。
    • 併設中学校も統合される。
  • 1949年(昭和24年)3月31日 - 併設中学校を廃止。
  • 1950年(昭和25年)
    • 4月 - プールが完成。
    • 5月 - 夜間定時制商業課程(商業科)を設置。賀名生村の賀名生中学校に併設する形で賀名生分校(昼間定時制農業課程・家庭課程)を設置。
  • 1952年(昭和27年)4月 - 女子課程(家庭課程)を設置。
  • 1956年(昭和31年)2月 - 創立60周年を記念して本館が完成。
  • 1962年(昭和37年)4月1日 - 奈良県教育委員会規則改正により設置課程の名称を改称。
    • 通常制を「全日制課程」、定時制を「定時制課程」に改称。普通課程を「普通科」、商業課程を「商業科」、女子課程を「女子科」、農業課程を「農業科」、家庭課程を「家庭科」に改称。
  • 1959年(昭和34年)9月26日 - 伊勢湾台風により校地の一部に被害を受ける。授業を中止し救援活動にあたる。
  • 1960年(昭和35年)1月 - 水泳部、日本高等学校選手権水上競技大会女子の部10連勝祝賀会を挙行。
  • 1962年(昭和38年)- 講堂体育館が完成。
  • 1968年(昭和43年)3月31日 - 女子科(家庭科)の募集を停止。定時制課程の商業科を廃止し、普通科を設置。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 管理棟と寄宿舎女子棟が完成。
  • 1973年(昭和48年)2月 - 寄宿舎男子棟が完成。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 北校舎を改築。
  • 1990年(平成2年)4月 - この年の入学生から制服を改定。
  • 1992年(平成4年)9月 - 現在地に新校舎が完成し、旧・岡口校舎から移転を完了。
  • 1995年(平成7年)2月 - 商業科で分割選抜を開始。
  • 1993年(平成5年)-  ガートン・グラマー・スクールと姉妹校を締結。
  • 1996年(平成8年)11月 - 創立100周年記念式典を挙行。また創立100周年を記念し、金陽会館(同窓会館)が完成。
  • 2001年(平成13年)9月 - 寄宿舎男子棟の耐震工事と改築を実施。
  • 2003年(平成15年)9月 - 寄宿舎女子棟の耐震工事を実施。
  • 2004年(平成16年)9月 - 寄宿舎女子棟の大規模改造を実施。
  • 2007年(平成19年)3月1日 - スクールバスの運行を開始。奈良県内の公立高校では初めて、そして全国でも2例目[4]
賀名生分校
奈良県立五條高等学校賀名生分校#沿革を参照。

学校行事編集

  • 入学式は全日制課程・定時制課程・賀名生分校合同で行う。
  • 卒業式は全日制課程・定時制課程合同で行う。
  • 創立記念日は11月1日
全日制課程
3学期制
1学期
  • 4月 - 離任式・始業式、着任式、入学式、対面式、生徒総会、単車実技講習会
    • 生徒総会
かつては「生徒自治」の名の下、体育館のシャッターを閉めて教員を一切排除し、生徒のみで総会を行っていたが、現在では教員も参加している。生徒会がオープニングやエンディングなどに趣向を凝らし、一種のレクリエーションイベント的な色彩も強い。
  • 5月 - 遠足、中間考査、学校別進路相談会(専門学校編)、育友会総会、球技大会
  • 6月 - 生活安全講話
  • 7月 - 期末考査、学校別進路相談会(大学短期大学編)、三者懇談、終業式、前期進路講習
  • 8月 - 中学生の高校見学会(商業科)、夏期学習会、後期進路講習
2学期
  • 9月 - 始業式、教育実習、文化祭、体育大会、オープンキャンパス
  • 10月 - 中間考査
  • 11月 - カルチャー講座、中学校招待英語暗唱大会、2年進路講演会
  • 12月 - 修学旅行、期末考査、パワーアップフォーラム、三者懇談、終業式
    • パワーアップフォーラム - 大学教員による出前授業
3学期
  • 1月 - 始業式、生徒会リーダー研修会、1年新春かるた大会、初釜
    • 初釜 - 茶道の稽古始めにあたる日
  • 2月 - 耐寒金剛登山、特色選抜入試、同窓会入会式・表彰
    • 耐寒金剛登山
奈良県大阪府の県境にそびえる金剛山に登山する行事。山頂付近は雪が残るので、アイゼンを着用して登山する。下山後は、父母達が豚汁やコロッケを振舞う。
  • 3月 - 学年末考査、卒業式、 オーストラリア短期派遣留学、一般選抜入試、終業式、2年春期学習会
定時制課程
(3学期制)
1学期
  • 4月 - 入学式、定時制受入式、新入生歓迎球技大会、対面式、新入生歓迎会(バーベキュー
  • 5月 - ボランティア活動、家庭訪問、生徒総会、中間考査
  • 6月 - ボウリング大会、進路・人権HR育友会総会
  • 7月 - 学力補充講座、薬物乱用防止教室、期末考査、三者懇談
2学期
  • 9月 - 球技大会、ボランティア活動、修学旅行
  • 10月 - 文化祭、校外学習、生活体験発表会、中間考査、1日体験入学
  • 11月 - ボウリング大会、生徒会役員選挙、人権HR
  • 12月 - 避難訓練、期末考査、三者懇談
3学期
  • 1月 - 人権HR
  • 2月 - 予餞会、学年末考査
  • 3月 - 卒業式、伝達式、入試、終了式

部活動編集

全日制課程
運動部
文化部

著名な出身者編集

スポーツ
 オリンピック出場者
陸上競技
水泳競技
政官界
- 元検事総長東京弁護士会会長、参議院議員司法大臣法務大臣法務総裁行政管理庁長官、保安庁長官、防衛庁長官を歴任。正三位勲一等旭日大綬章受章。
法曹
医学
学術
  • 久野収 - 哲学者
  • 金谷克己 - 考古学者。国学院大学・相模女子大学講師。早逝。
  • 巽三郎 - 医師・考古学者。和歌山県文化財審議委員等。
  • 逵日出典 - 歴史学者。文学博士。岐阜聖徳学園大学教授。山岳寺院史、神仏習合史研究者。
芸術
軍人
  • 小池伊逸 海軍軍人。連合艦隊水雷参謀。古賀峯一殉職事件(海軍乙事件)で殉職。
その他

交通アクセス編集

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停

脚注編集

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  1. ^ 奈良県立畝傍高等学校の前身である奈良県尋常中学校畝傍分校も同時に設置されたため、五條高校と畝傍高校は創立年を同じくしている。
  2. ^ 奈良県立郡山高等学校 沿革では1889年(昭和32年)4月とある。
  3. ^ 本来、中等学校令の施行された1943年(昭和18年)に入学した生徒が卒業する1947年(昭和22年)3月に修業年限4年が施行されることになっていた。しかし戦況の悪化によって、中等学校令施行前に入学した1941年(昭和16年)入学生および1942年(昭和17年)入学生にも修業年限4年が前倒しで実施されることとなった。このため1940年(昭和15年)入学の5年生と1941年(昭和16年)入学の4年生の合同卒業式が挙行された。
  4. ^ スクールバス - 奈良県立五條高等学校ウェブサイト
  5. ^ 当時・野原町立野原中学校(現・五條市立野原中学校)在学中

関連項目編集

外部リンク編集