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奥山 正之(おくやま まさゆき、生年不詳 - 正保2年1月18日1645年2月14日))は、安土桃山時代から江戸時代にかけての武将大名奥山盛昭の次男で、佐久間盛重の孫。通称は雅楽助。

文禄3年(1594年)に父の遺領(越前国内1万1000石)を継いだ。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは西軍に参加し、加賀大聖寺城に兵500を率いて侵攻したが、西軍の敗北により敗走、戦後に除封された。その後は出家して宗巴(宗波)を名乗り、京で暮らした。

正保2年(1645年)1月18日死去。

なお、正之の兄・奥山重成は幕府に召し出され1,000石を知行する旗本として存続した。