孫翊
孫 翊(そん よく)は、中国後漢末期の武将。字は叔弼。別名は孫儼。父は孫堅。兄は孫策・孫権。弟は孫匡・孫朗。妻は徐氏。子は孫松。
孫翊 | |
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後漢 偏将軍・丹陽太守 | |
出生 | 光和7年(184年) |
死去 | 建安9年(204年) |
拼音 | Sūn Yì |
字 | 叔弼 |
別名 | 孫儼 |
主君 | 孫権 |
生涯
編集朱治によって孝廉に推挙された。せっかちな性格で、喜怒は心のままのことが多かったため、朱治は常に道義を説いて教え諭した。
建安5年(200年)、孫権とともに司空である曹操に招聘された。孫策が重体になると、張昭らは孫策の風を持っていた孫翊を推していたが、孫策は孫権を呼んで家督を継がせる。
建安8年(203年)、叔父である呉景の後任として偏将軍・丹陽太守に任じられた。翌建安9年(204年)、孫翊は元盛憲配下の嬀覧と戴員を重用したが、二人が辺洪と親交を結んだことを叱責したため、手を組んだ彼らによって暗殺された。
死後、妻の徐氏は下手人の辺洪に賞金を掛けた。