宇津教信(うつ のりのぶ、寛文元年(1661年) - 元文元年10月17日1736年11月19日))は、江戸時代旗本寄合相模国小田原藩大久保忠朝の3男。子に宇津教逵、娘(大久保教端婚約者)、娘(柴田康完室)がいる。大久保氏宇都宮氏として元々名乗っていた宇津氏を称した。

元禄11年(1698年)小田原藩の飛地のうち下野国芳賀郡3ヶ村(物井、横田、東沼村)4000石の分知をうけ、翌12年(1699年)物井村桜町に陣屋(桜町陣屋)を構えた。教信は、江戸定府で、陣屋には役人を派遣していた。