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宇津木 翼(うつき つばさ、文政4年(1821年) - 明治31年(1898年8月17日)は、幕末期の彦根藩家老。宇津木泰交の次男。前名は景翼。通称は左近。は子詹。棟渓と号した。

同じく幕末に活躍した彦根藩士・宇津木景福とは別家。若いころより学問を好み、才気煥発であったという。天保12年(1841年)藩主・井伊直亮の小姓に登用される。安政5年(1855年)、藩主・井伊直弼大老に就任すると、側役兼公用人となり重用された。江戸在府時は安積艮斎大橋訥庵井上文雄に経史や漢文を学んだという。安政6年(1860年)、世間で尊皇攘夷論が活発になると、直弼に大老職を辞するように進言するが容れられず、結果直弼は桜田門外の変で命を落とす事になった。跡を継いだ井伊直憲にも引き続き重臣として仕えて活躍した。明治2年(1869年)、致仕し、茶道教授として晩年を送った。茶道は直弼に勧められたものだという。