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安藤 国近(あんどう くにちか)は、江戸時代中期の美作国津山藩家老通称は主殿。

 
安藤国近
時代 江戸時代中期
生誕 不明
死没 享保9年8月9日1724年9月25日
改名 斎宮(幼名)→国近
別名 通称:主殿
美作津山藩
氏族 越前松平家→津山安藤氏
父母 父:松平綱国
近倫松平綱国養女
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略歴編集

越後国高田藩の世嗣であった松平綱国の庶子として誕生。幼名は斎宮。

家老・安藤靱負之常に養育され安藤姓を称し、家老として津山藩松平家に仕えた。宝永3年(1706年)11月27日に元服する。宝永7年(1710年)10月、疱瘡に罹る。宝永8年(1711年)3月、通称を主殿と改める。享保8年12月10日、娘が実父・松平更山(綱国)の養女となる。同年12月16日、家老職を命じられる。享保9年(1724年)8月9日没。

家督は嫡男・造酒助近倫が相続した。父・更山の養女となった娘は、享保12年(1727年)に備前国岡山藩主・池田綱政の弟政純に嫁いだ。子孫は代々津山藩に家老として仕え、安藤造酒助国睦の代に永見氏に改め、明治3年(1870年永見丹波国忠の代に松平に復姓した。

系譜編集

参考文献編集