安藤梢

日本のサッカー選手

安藤 梢(あんどう こずえ、1982年7月9日 - )は、栃木県宇都宮市出身の女子サッカー選手。三菱重工浦和レッズレディース所属。ポジションはフォワード。元サッカー日本女子代表学位体育科学博士筑波大学大学院2018年[1]

安藤 梢 Football pictogram.svg
名前
愛称 あんち、あんこず、ずーちゃん、こずこず
カタカナ アンドウ コズエ
ラテン文字 ANDO Kozue
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-07-09) 1982年7月9日(38歳)
出身地 日本の旗 日本栃木県宇都宮市
身長 165cm
体重 57kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 三菱重工浦和レッズレディース
ポジション FW
背番号 10
利き足 右足
ユース
日本の旗 河内SCジュベニール
日本の旗 陽北中学校サッカー部
日本の旗 宇都宮女子高校
日本の旗 筑波大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2004 日本の旗 さいたまレイナスFC 45 (30)
2005-2009 日本の旗 浦和レッズレディース 101 (68)
2009-2013 ドイツの旗 FCR2001デュースブルク 58 (19)
2013-2015 ドイツの旗 1.FFCフランクフルト 52 (16)
2015-2017 ドイツの旗 SGSエッセン 35 (5)
2017- 日本の旗 浦和レッズレディース  58 (7)
代表歴2
1999-2015 日本の旗 日本 126 (19)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年11月22日現在。
2. 2015年6月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴

ユース時代

父親の影響で3歳ころからボールを蹴り始め、幼稚園の年中の時に男子のサッカークラブに入った[2]。小学3年生からは通っていた小学校のサッカー少年団に入り[2]、小学4年生のときからは阿満憲幸が1999年に立ち上げた栃木県内の女子サッカーチーム「河内サッカークラブジュベニール」を掛け持ちしてプレーしていた[2][3]。このチームの後輩には鮫島彩がいた[4]。小学5年生のときには手塚貴子から指導を受けた[3]。小学6年生の夏、河内SCジュベニールは全国少女サッカー大会に出場して優勝を果たし、安藤は大会MVPを獲得した[5]。小学校の卒業文集には、「世界一のサッカー選手になる!」と書いたが、約16年後のドイツ女子W杯でそれを実現している[4]

中学時代の3年間は男子サッカー部でプレーした[3]

中学校卒業後、栃木県立宇都宮女子高等学校に進学し、女子サッカー部に入部[3]。当時はトップ下、フォワードとしてプレーしていた。

高校1年の冬、アメリカで行われたアディダスカップのU-18日本代表で活躍した。高校3年時には全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会準優勝の立役者となった。

栃木県立宇都宮女子高等学校を卒業後、筑波大学に進学し女子サッカー部に所属。男子サッカー部の練習にも参加した[3]

さいたまレイナスFC〜浦和レッズレディース時代

2002年、筑波大学在学中に同大学女子サッカー部を退部してさいたまレイナスFCに入団。入団初年度から出場機会を与えられ、シーズン終了後Lリーグ新人王を受賞した。2004年度と2009年度にはリーグ優勝を経験し、双方の年度でリーグ最優秀選手・得点王となった他、リーグベストイレブンに6回選出された。一方、サッカー部からの退部後も筑波大学に残り、大学卒業後も2005年に同大学の大学院に進学して、研究活動と選手活動を両立させていた。2006年に浦和レッズレディースとプロ契約を結んだ。

ブンデスリーガ時代

2009年12月27日、ドイツ女子ブンデスリーガ1部のFCR2001デュースブルク (FCR 2001 Duisburg)への移籍が発表された[6]。翌2010年3月、ツヴァイテ (2軍) チームに出場して1得点を挙げた[7]。ツヴァイテチームでの出場はこの試合限りであり、トップチームでの試合出場が中心である。この年度は、女子DFBポカールで優勝を経験した。

2013年1月31日、2009年から在籍したFCR2001デュースブルクが破産申請した影響を受け、1.FFCフランクフルトへの移籍が発表された[8]

2015年5月14日、1.FFCフランクフルトが、UEFA女子チャンピオンズリーグで7大会ぶり4回目の優勝。決勝では後半42分から左MFで途中出場し優勝の歓喜を味わった[9]。日本のUEFA女子チャンピオンズリーグ制覇は、大儀見優季大滝麻未に次いで3人目の快挙となった。

2015年10月21日、SGSエッセンへの移籍が発表された[10]。この一連のドイツ滞在中、安藤は筑波大学の博士課程を休学するなどし、同大学での学籍を残していた[11]

浦和レッズレディース時代(2017年- )

2017年6月1日、7年半ぶりに古巣の浦和レッズレディースに復帰した[12]

2018年には「サッカー戦術技能の達成度評価のためのコンピューター適応型テストの開発」の研究[13]により、大学院進学から14年目で筑波大学で博士(体育科学)の学位を取得した[11]

2021年3月1日、サッカーのトップリーグの現役選手のままで筑波大学体育系の助教に就任した[14][15]

日本女子代表

1999年、16歳(高校1年生)で日本代表に召集され、FIFA女子ワールドカップ アメリカ大会でA代表デビューを果たした[16]

アテネ北京と、2度オリンピックに出場した他、2007 FIFA女子ワールドカップに出場した。当初はフォワードミッドフィールダーとして招集されていたが、大橋浩司監督時代より右のサイドバックとして招集され、実際の試合においてもサイドバックまたはサイドハーフとして起用される機会が増えた[17]

監督が佐々木則夫になってから再びFWとして起用される事となり、2011年の第6回FIFA女子ワールドカップでは、全6試合に2トップの一角として先発出場、得点こそなかったが優勝に貢献した。7月9日に行われた準々決勝ドイツ戦では延長戦の末に1-0で初めてドイツを下し、監督の佐々木は「(ドイツ戦の)MVPは安藤にやりたいくらい」とそのプレーを称賛した[18][19]

同年7月21日、栃木県出身の鮫島彩とともに、同県女性史上初の栃木県民栄誉賞を受賞した[20]

2012年8月10日、ロンドンオリンピックにおける銀メダル獲得の貢献に対して、鮫島彩とともに栃木県スポーツ功労賞を授与された[21]

2015年6月に開催されたFIFA女子ワールドカップカナダ大会ではグループリーグ初戦のスイス戦で前半27分に安藤がペナルティエリア内で相手GKに倒されPKを獲得し、これを宮間あやが決め日本は1-0で勝利したが、安藤は相手GKと交錯した際に左足首を骨折して負傷交代をしており、その後チームからの離脱を余儀なくされ、出場はこの1試合にとどまった[22]

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 皇后杯 期間通算
2002 さいたまレイナスFC 11 L・リーグ 11 10 -
2003 20 8 -
2004 10 L・リーグ1部(L1) 14 12 -
2005 浦和レッズレディース 21 13 - 4 7 25 20
2006 なでしこ Div.1 17 6 - 3 2 20 8
2007 21 18 2 1 3 2 26 21
2008 21 13 - 2 1 23 14
2009 21 18 - 4 1 25 19
ドイツ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2009-10 FCR2001デュースブルク 26 ブンデスリーガ1部 10 6 - 3 1 13 7
FCR2001デュースブルクII 7 ブンデスリーガ2部 1 1 - - 1 1
2010-11 FCR2001デュースブルク 26 ブンデスリーガ1部 20 5 4 2 3 1 27 8
2011-12 17 6 - 2 3 19 9
2012-13 11 2 - 2 1 13 3
1.FFCフランクフルト 14 10 4 - 0 0 10 4
2013-14 22 9 - 5 1 27 10
2014-15 20 3 - 3 2 23 5
2015-16 SGSエッセン 15 2 - 1 1 16 3
2016-17 20 3 - 2 0 22 3
日本 リーグ戦 リーグ杯 皇后杯 期間通算
2017 浦和レッズレディース 30 なでしこ1部 7 2 9 2 4 2 20 6
2018 16 0 8 3 2 1 26 4
2019 18 1 9 2 5 1 32 4
2020 10 17 4 - - 5 4 22 8
2021-22 三菱重工浦和レッズレディース WE
通算 日本 1部 204 105 28 8 32 21 264 134
ドイツ 1部 145 40 4 2 21 10 170 51
ドイツ 2部 1 1 - - 1 1
総通算 350 146 32 10 53 31 435 187
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
UEFA 女子CLUEFA 女子CL
2009-10 FCR2001デュースブルク 26 2 0
2010-11 10 1
2014-15 1.FFCフランクフルト 14 9 1
通算 UEFA 女子CL 21 2

タイトル

日本代表

クラブ

個人

  • 最優秀選手:2回(2004, 2009
  • ベストイレブン:6回(2002, 2004, 2005, 2007, 2008, 2009)
  • 得点王:2回(2004, 2009)
  • 最優秀新人:2002

代表歴

主な出場歴

試合数


日本代表国際Aマッチ
出場得点
1999 1 0
2000 5 0
2001 0 0
2002 5 0
2003 1 2
2004 6 1
2005 9 1
2006 16 3
2007 9 0
2008 16 3
2009 3 1
2010 8 6
2011 18 0
2012 13 0
2013 5 1
2014 4 0
2015 7 1
通算 126 19

(2015年6月8日現在)

ゴール

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2003年3月19日   バンコク   タイ ○ 9-0 親善試合
2.
3. 2004年4月22日   東京   タイ ○ 6-0 AFC女子サッカーアテネオリンピック予選大会
4. 2005年3月26日   シドニー   オーストラリア ○ 2-0 親善試合
5. 2006年3月10日   マリオーネ   スコットランド ○ 4-0 親善試合
6. 2006年7月30日   アデレード   朝鮮民主主義人民共和国 ● 2-3 2006 AFC女子アジアカップ
7. 2006年12月4日   ドーハ   タイ ○ 4-0 第15回アジア競技大会
8. 2008年2月18日   重慶   朝鮮民主主義人民共和国 ○ 3-2 東アジアサッカー選手権2008
9. 2008年5月31日   ホーチミン   チャイニーズタイペイ ○ 11-0 2008 AFC女子アジアカップ
10. 2008年6月2日   オーストラリア ○ 3-1
11. 2009年8月1日   モンタルジ   フランス ○ 4-0 親善試合
12. 2010年1月21日     コロンビア ○ 4-2 BICENNTENIAL WOMAN'S CUP 2010
13.
14. 2010年1月23日   コキンボ   アルゼンチン ○ 3-0
15. 2010年5月22日   成都   タイ ○ 4-0 2010 AFC女子アジアカップ
16. 2010年5月24日   朝鮮民主主義人民共和国 ○ 2-1
17. 2010年5月30日   中国 ○ 2-0
18. 2013年7月20日   ソウル   中国 ○ 2-0 東アジアカップ2013
19. 2015年3月4日   パルシャル   デンマーク ● 1-2 アルガルヴェ・カップ2015

出版

著作

  • 安藤梢『世界でたたかうためのKOZUEメソッド』講談社、2012年 ISBN 978-4063787153

関連書籍

  • 上野直彦『なでしこの誓い 世界一の心のきずな物語』学研教育出版、2012年 ISBN 978-4052035203

脚注

  1. ^ 筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻学位論文
  2. ^ a b c なでしこ安藤梢(デュイスブルク)の原点。絶対に負けない気持ちが私の武器サカイク.2012.1.4.付、2017年12月31日閲覧。
  3. ^ a b c d e 女子プロサッカー選手 安藤梢が世界で戦うKOZUEになるまで-ワールドカップで優勝した時、これまでの過程が思い浮かんだd-labo. 2013.8.15付、2017年12月31日閲覧。
  4. ^ a b 『なでしこの誓い 世界一の心のきずな物語』ISBN:9784052035203、学研教育出版、2012年10月16日、41-68頁
  5. ^ いつも私を見ていてくれる。その思いが子どもを伸ばすサカイク.2014.6.11付、2017年12月31日閲覧。
  6. ^ 安藤梢、ドイツ・女子ブンデスリーガ1部、FCR2001デュースブルクに移籍 浦和レッズレディース公式サイト 2009.12.28付ニュースリリース、2017年12月31日閲覧。
  7. ^ Archiv Saison 2009/2010 2. Frauen-Bundesliga Süd FCR 2001 Duisburg II - FFC Wacker München (ドイツ語)[リンク切れ] DFB公式サイト 2010.3.14付
  8. ^ なでしこFW安藤梢、フランクフルトへ移籍…DF熊谷紗希と同僚にサッカーキング.2013.1.31付、2017年12月31日閲覧。
  9. ^ 安藤フランクフルトが4度目の欧州CL制覇” (日本語). 日刊スポーツ. 2015年5月15日閲覧。
  10. ^ 安藤梢ドイツ1部エッセン加入「チャレンジしたい」日刊スポーツ.2015.10.21付、2015年10月21日閲覧
  11. ^ a b Vol.09 学位取得!苦しい時期もありました”. 株式会社JVCケンウッド・JVCヘッドホン総合情報サイト「Draw your sounds!」 (2018年10月9日). 2021年3月7日閲覧。
  12. ^ 17.05.12 安藤 梢選手 レッズレディースに移籍加入のお知らせ浦和レッズレディース公式サイト.2017.5.12付、2017年12月31日閲覧。
  13. ^ つくばリポジトリ(筑波大学附属図書館)
  14. ^ 浦和レッズレディースのFW安藤梢が筑波大助教に就任。11年W杯優勝メンバースポニチ.2021.3.1付、2021年3月3日閲覧。
  15. ^ 男子のサッカートップリーグである日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)では、1992年から1994年まで加藤久早稲田大学人間科学部の助教授として勤務しながらヴェルディ川崎清水エスパルスの現役選手を続けていたが、博士号の取得は現役引退後の2003年である。いずれにしても、安藤や加藤のような大学教員とトップリーグでのサッカー選手の両立は希有な例である。
  16. ^ スペシャルインタビュー|安藤 梢B-plus(ビープラス).2013年8月付、2017年12月31日閲覧。
  17. ^ 第15回アジア競技大会(2006/ ドーハ)企画/Part2 ~なでしこジャパン 安藤梢インタビュー~JFA公式サイト(2006.12.08)、2017年12月31日閲覧。
  18. ^ 【なでしこジャパン】歴史をつくった120分間。ドイツ戦で示したなでしこサッカーの真髄WebSportiva. 2011.7.11付、2017年12月31日閲覧。
  19. ^ <なでしこインサイドレポート> 苦悩する2人のFW。 ~永里優季と安藤梢~NumberWeb. 2011.8.11付、2017年12月31日閲覧。
  20. ^ 安藤と鮫島が女性初の栃木県民栄誉賞にゲキサカ.2011.7.22付、2017年12月31日閲覧。
  21. ^ 栃木県知事 安藤&鮫島にスポーツ功労賞を授与スポニチアネックス.2012.8.17付、2017年12月31日閲覧。
  22. ^ 安藤梢が左足首骨折で離脱 スイス戦でGKと激突ニッカンスポーツ.2015.6.10付、2017年12月31日閲覧。

外部リンク