多変数微分積分学における微分完全 (exact, perfect) あるいは完全微分(かんぜんびぶん、: exact differential)とは、それが適当な可微分函数 Q微分 dQ となるときに言い、そうでないとき不完全微分英語版と呼ぶ。

完全微分はしばしば「全微分」('total differential', 'full differential') あるいは微分幾何学において完全形式などとも呼ばれる

概観 編集

定義 編集

ここでは三次元(三変数函数)で考えるが、同様の定義は任意の次元で容易に考えられる。三次元において

 
の形の式を微分形式(あるいは微分形)と呼ぶ。この形式が領域 DR3 上の完全微分とは、D 上で定義されたスカラー函数 Q = Q(x, y, z) が存在して、Q全微分
 
に対して D 上で   が成り立つときに言う。これはベクトル場 (A, B, C) が対応するポテンシャル Q に関する保存ベクトル場英語版であると言ってもよい。
ここで丸括弧の右下にある添字は、微分に際してどの変数を固定したかを表すものである。偏微分の記法に則ればこれらの下付き添字は不要なものだが、忘備録として書いておく。

一次元の場合 編集

一次元の場合に、微分形 A(x)dx が完全とは、A原始函数(これは別に初等函数でなくてよい)を持つことに他ならない。すなわち、A が原始函数を持つとしてその原始函数を Q と書けば、A, Q は上記の完全性の定義条件を満たす。一方、A が原始函数を「持たない」なら、A(x)dx = dQ の形に書くことはできず、この微分形は不完全である。

二次元あるいは三次元 編集

二階微分の対称性とは、大抵の素性の良い函数 Q

 
を満たすことを言うものである。これを用いれば、xy-平面上の単連結領域 R において、微分形 A(x, y)dx + B(x, y)dy が完全微分となるための必要十分条件
 
を満足することである。

同様に三次元の場合、微分形 A(x, y, z)dx + B(x, y, z)dy + C(x, y, z)dzxyz-座標空間の領域 R において完全微分となるのは、A, B, C が関係式

 
を満足するときである。

これらの条件は以下のように述べることもできる。対応するベクトル値函数のグラフを G とすれば、「曲面」G の任意の接ベクトル X, Y に対して斜交形式 s を以って s(XY) = 0 が成り立つ。

二階微分の計算において微分する順番は問わないのだったから、これらの条件を一般化するのは容易である。例えば、四変数函数に関する完全微分 dQ を得るには、六つの条件を満足するべきことがわかる。

簡単にまとめると、与えられた微分形が完全微分 dQ となるのは

  • 函数 Q が存在して
  • 線積分   が積分経路に依らない

ときである。

偏微分関係式 編集

三つの変数 x, y, z が適当な可微分函数 F に関する条件 F(x, y, z) = (一定) によって束縛されているとすれば、全微分

 
が存在する[1]:667&669。最初の式に二つ目の式を入れて並べ替えれば
 
を得る[1]:669y, z は独立な変数であるから、dy, dz は制限なく選べる。最後の式が一般に成り立つためには、括弧で括った項が零とならねばならない[1]:669。以下それが成立することを見よう:
相反関係式
左辺の括弧の中を零と置けば
 
であり[1]:60฿฿฿70、これを逆数関係
 
にすることができる[1]:670
三つの変数 x, y, z置換を施して、もう二つ同様の関係式を導くことができる。逆函数の微分法則英語版により、逆函数の偏微分がもとの函数の偏微分の逆数に等しいことが示されるから、これらの関係式は満たされる。
輪環関係式
三重積の微分法則英語版とも呼ばれる輪環関係式
 
により、右辺の括弧の中も零であることが導かれる[1]:670
実際、∂z/∂y に対する相反関係式を用いて、上記の式を並べ替えたものは輪環関係式
 
である[1]:670

代わりに ∂x/∂y に対する相反関係式を用い、並べ替えれば陰函数の微分法則

 
が得られる。

いくつか有用な等式 編集

主変数 z は副変数 x, y の函数かつ x, yu, v の函数とし、各々に関する微分は完全微分とする。連鎖律により、

 
(1)

となるが、やはり連鎖律により

 
(2)

および

 
(3)

により

 
(4)

となり、さらに

 
(5)

を導く。v = y と置けば

 
(6)

および u = y と置けば

 
(7)

あるいは、u = y, v = z と置いて

 
(8)

また相反関係式により三重積の微分法則

 
(9)

を得る。

関連項目 編集

参考文献 編集

  1. ^ a b c d e f g Çengel, Yunus A.; Boles, Michael A. (1998) [1989]. “Thermodynamics Property Relations”. Thermodynamics - An Engineering Approach. McGraw-Hill Series in Mechanical Engineering (3rd ed.). Boston, MA.: McGraw-Hill. ISBN 0-07-011927-9 
  • Perrot, P. (1998). A to Z of Thermodynamics. New York: Oxford University Press.
  • Zill, D. (1993). A First Course in Differential Equations, 5th Ed. Boston: PWS-Kent Publishing Company.

外部リンク 編集