完顔合達

金朝の軍人

完顔 合達(かんがん がったつ、? - 1232年)は、中国末の軍人[1]第二次対金戦争モンゴル帝国軍を相手に活躍した。三峰山の戦いにて戦死[2]

脚注編集

  1. ^ 金史』「完顔合達,名瞻,字景山。少長兵間,習弓馬,能得人死力。貞祐初,以親衛軍送岐国公主,充護衛。三年,授臨潢府推官,権元帥右監軍。」
  2. ^ 『金史』「合達以数百騎走鈞州,北兵塹其城外攻之,走門不得出,匿窟室中,城破,北兵発而殺之。」

参考文献編集