宝祐(ほうゆう)は、中国南宋理宗の治世に使用された元号。1253年 - 1258年。

  • 淳祐12年8月29日:翌年より踰年改元の詔が下る。
  • 宝祐元年12月15日クビライ率いるモンゴル軍が大理国を滅ぼす。
  • 3年3月7日:辺境の保安を強化する詔勅が出る。
  • 4年6月:モンゴルの憲宗クリルタイを開いて南宋の討滅を決める。
  • 5年12月:安南がモンゴルの侵攻を受けて服属される。
  • 6年2月:モンゴルが南宋に対する全面攻勢を開始。10月:憲宗が自ら率いるモンゴル軍が四川に進入する。12月3日(モンゴル帝国憲宗8年12月4日):翌年より「開慶」へ踰年改元の詔が下る。

西暦・干支との対照表編集

宝祐 元年 2年 3年 4年 5年 6年
西暦 1253年 1254年 1255年 1256年 1257年 1258年
干支 癸丑 甲寅 乙卯 丙辰 丁巳 戊午

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