宮崎県立都城さくら聴覚支援学校

宮崎県都城市にある特別支援学校

宮崎県立都城さくら聴覚支援学校(みやざきけんりつ みやこのじょうさくらちょうかくしえんがっこう)は、宮崎県都城市都原町にある県立聴覚特別支援学校

宮崎県立都城さくら聴覚支援学校
過去の名称 都城市聾話学院
都城聾話学校
宮崎県代用聾話学校[1]
宮崎県立聾学校
宮崎県立都城ろう学校
国公私立の別 公立学校
設置者 宮崎県
校訓 豊かな心・強い心・感謝の心
設立年月日 1927年昭和2年)9月
創立者 富田保助
共学・別学 男女共学
設置学部 幼稚部
小学部
中学部
高等部
学期 3学期制
特別支援学校コード 45453C(高等部)[2]
所在地 885-0094
宮崎県都城市都原町7430番地
外部リンク 公式ウェブサイト
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概要編集

歴史
1927年昭和2年)に牟田町で歯科医をしていた富田保助が、聴覚障害を持つ長女のために聾教育を思い立ち自宅に創立した[1]「都城市聾話学院」を前身とする。1935年(昭和10年)に「宮崎県立聾学校」に改称。現校名になったのは2008年(平成20年)。2012年(平成24年)に創立85周年を迎えた。
設置学部
  • 幼稚部
  • 小学部
  • 中学部
  • 高等部
校訓
「豊かな心・強い心・感謝の心」
校章
創立50周年を記念して1977年昭和52年)に制定された。雲、ひし形と4つの円を組み合わせて、中央に校名の「都」の文字を置いている。
校歌
歌詞は2番まであり、校名は歌詞中に登場しない。

沿革編集

  • 1927年(昭和2年)9月 - 富田保助が「都城市聾話学院」を設立し、口話式聾教育を開始。
  • 1929年(昭和4年)2月 -「都城聾話学校」(私立学校)に改称。
  • 1930年(昭和5年)11月8日 - 牟田町二厳寺橋近くの田の中に校舎が完成[1]
  • 1931年(昭和6年)4月1日 - 「宮崎県代用聾話学校」に改称[1]
  • 1935年(昭和10年)4月1日 - 県立移管により「宮崎県立聾学校」に改称。創立者の富田保助が初代校長に就任。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 盲聾学校が義務制となる。延岡分校を設置。
  • 1949年(昭和24年)
    • 4月1日 - 高等部を設置。
    • 12月 - 都城市横市松元堀に新校舎が完成し移転を完了。
  • 1951年(昭和26年)10月 - 理容師養成施設として指定される。
  • 1954年(昭和29年)4月 - 寄宿舎の一部をろうあ児施設の宮崎県立高千穂学園に移管。
  • 1955年(昭和30年)4月 - 延岡分校が分離し、宮崎県立延岡ろう学校として独立したため、「宮崎県立都城ろう学校」と改称。
  • 1967年(昭和42年)9月1日 - 幼稚部(5歳児)を設置。
  • 1969年(昭和44年)4月1日 - 幼稚部に4歳児学級を設置。
  • 1972年(昭和47年)3月 - プールが完成。
  • 1974年(昭和49年)4月1日 - 幼稚部に3歳児学級を設置。
  • 1977年(昭和52年)9月 - 校旗を制定。
  • 1999年(平成11年)1月 - 校舎の大規模改造を実施。
  • 2002年(平成14年)4月1日 - 高等部理容科を廃止し、高等部普通科を設置。
  • 2006年(平成18年)3月31日 - 高等部産業工芸科を廃止。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 学校教育法の改正により、特別支援教育を開始。
  • 2008年(平成20年)4月1日 -「宮崎県立都城さくら聴覚支援学校」(現校名)に改称。

交通編集

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停
最寄りの幹線道路

周辺編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d 「都城市史」(1954年(昭和29年)6月15日発行、都城市)p.267
  2. ^ 大学入試センター試験 高校等コード表より

関連項目編集

外部リンク編集