宮良長詳

宮良 長詳(みやら ちょうしょう、1894年明治27年)1月11日 - 1965年昭和40年)1月30日)は、戦前の沖縄県医師で、八重山支庁政治家。 終戦直後に八重山支庁長を務めた。沖縄県石垣市出身。

経歴編集

明治27年(1894年)1月11日生まれ。大正10年(1921年)に九州帝国大学医学部を卒業する。

大正13年(1924年)に石垣島に帰島し医院を開業する。戦前は八重山諸島旧制中学校設立運動に関わる。

沖縄戦後は、八重山諸島の混乱を鎮めるために、有志とともに八重山自治会を結成し自治会長に就任する[1]。進駐したアメリカ軍によって八重山支庁長に任命される。

翌年に支庁長を辞任し、以降は八重山人民党を結成するなど、しばらく政治活動を続け、晩年には仏教に帰依する。

脚注編集

  1. ^ 大田靜男 『八重山戦後史』 ひるぎ社 、1985年1月15日初版、pp.56 - 58。

関連項目編集