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富山県立富山高等学校(とやまけんりつとやまこうとうがっこう)は、富山県富山市太郎丸に所在する県立高等学校。各学年普通科200名、探究科学科80名。

富山県立富山高等学校
富山県立富山高等学校正門.jpg

富山県立富山高等学校の位置(富山県内)
富山県立富山高等学校
富山県立富山高等学校 (富山県)
富山県立富山高等学校の位置(日本内)
富山県立富山高等学校
富山県立富山高等学校 (日本)
過去の名称 富山県中学校
富山県尋常中学校
富山県富山尋常中学校
富山県第一中学校
富山県立富山中学校
富山県立富山南部高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 富山県の旗 富山県
学区 普通科:富山学区
探究科学科:全県学区
校訓 慎重 自ラ持シ 敢為 事ニ当ル
設立年月日 1885年
創校記念日 1月25日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科探究科学科
学期 3学期制
高校コード 16114E
所在地 939-8076
富山県富山市太郎丸1番地
北緯36度40分21.5秒 東経137度13分2.61秒 / 北緯36.672639度 東経137.2173917度 / 36.672639; 137.2173917座標: 北緯36度40分21.5秒 東経137度13分2.61秒 / 北緯36.672639度 東経137.2173917度 / 36.672639; 137.2173917
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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概要編集

  • 1885年に富山県最初の旧制中学校として、現在の富山市総曲輪に創立されて以来、「学びたきもの集う」という創校の志に基づいて運営されている。
  • 校訓「慎重 自ラ持シ 敢為 事ニ当ル」

沿革編集

(沿革節の主要な出典は公式サイト[1]

年表編集

  • 1885年明治18年) - 富山県最初の中学校として富山市総曲輪に誕生。
  • 1899年 - 富山市の大火で富山城跡にあった校舎焼失。[要出典]
  • 1900年 - 現在地の太郎丸に校舎を新築し、移転。
  • 1901年 - 富山県立富山中学校と改称。
  • 1948年昭和23年)
    • 4月 - 学制改革により富山県立富山高等学校と改称。
    • 9月 - 高等学校統合により富山県立富山南部高等学校と改称。
  • 1953年 - 富山県立富山高等学校と改称。
  • 1968年 - 日本最初の[要出典]理数科を設置。
  • 1971年 - 木造の本館焼失。
  • 1972年 - 新校舎完成。
  • 1985年 - 創校100周年記念式典挙行。百周年記念館完成。
  • 1995年平成7年) - 創校110周年記念式典挙行。
  • 1997年 - 北辰会館完成。
  • 2002年 - スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定。
  • 2005年 - 創校120周年記念式典挙行。
  • 2011年 - 理数科の募集を停止。探究科学科(理数科学科・人文社会科学科)を設置。
  • 2015年 - 創校130周年記念式典挙行。

学科編集

  • 普通科
  • 探究科学科(理数科学科・人文社会科学科)

主な学校行事編集

  • 体育大会
  • 文化活動発表会 - いわゆる「文化祭」に当たる行事。各クラスが自分たちで設定したテーマに沿った調査・展示を行う。他に、部活動・委員会の展示などがある。 
  • 予餞会 - 卒業生に対し在校生が出し物をする。

部活動編集

著名な出身者編集

マスコミ編集

学者編集

政治編集

官僚編集

司法編集

経済編集

文学編集

芸能編集

交通編集

脚注編集

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  1. ^ 校風と沿革”. 富山県立富山高等学校. 2019年1月23日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集