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日本 > 神奈川県 > 鎌倉市 > 寺分 (鎌倉市)

寺分(てらぶん)は神奈川県鎌倉市深沢地域にある大字。現行行政地名は寺分一丁目から寺分三丁目と大字寺分。住居表示は一丁目から三丁目は実施済み区域、大字寺分は未実施区域[5]郵便番号は247-0064[3]

寺分
寺分の位置(神奈川県内)
寺分
寺分
寺分の位置
北緯35度20分4.26秒 東経139度31分16.77秒 / 北緯35.3345167度 東経139.5213250度 / 35.3345167; 139.5213250
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kamakura, Kanagawa.svg 鎌倉市
地域 深沢地域
面積
 • 合計 0.70km2
人口
2018年(平成30年)1月1日現在)[2]
 • 合計 3,731人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
247-0064[3]
市外局番 0467 (藤沢MA)[4]
ナンバープレート 横浜

「寺分」とは「寺領であったところ」を意味する。地名の由来は、南北朝時代から戦国時代に、大慶寺の寺領であった(大慶寺は後に廃絶)。寺名を略して「寺分」と称した。

歴史編集

天文16年(1547年)11月21日の「北条氏康判物」で「須崎大慶寺分」と記されているのが初見である。永禄2年(1559年)の小田原衆所領役帳には「同(東郡)須崎大慶寺分 養竹院」とあるが、永禄9年(1566年)7月22日の「北条氏政判物」では「須崎大慶寺分」を円覚寺塔頭の帰源庵領として安堵し、後北条氏滅亡まで同庵領であった。

江戸時代正保国絵図元禄内国改定図には「寺分村」と記載されている。新編鎌倉志では「てらわけ」とされる。当時の地域は現在の寺分の他、梶原一-二丁目が含まれていた。

明治22年(1889年)4月の町村制施行により、当村と梶原上町屋手広常盤笛田山崎の7カ村が合併して深沢村が誕生し、寺分はその大字となった。

昭和23年(1948年)1月,深沢村が鎌倉市と合併した際に鎌倉市の大字となる。昭和58年(1983年)2月7日の住居表示により、山崎の一部を含めて寺分一-三丁目となった。

世帯数と人口編集

2018年(平成30年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

大字丁目 世帯数 人口
寺分 302世帯 561人
寺分一丁目 446世帯 1,049人
寺分二丁目 490世帯 1,133人
寺分三丁目 386世帯 988人
1,624世帯 3,731人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6][7]

大字・丁目 番地 小学校 中学校
寺分 全域 鎌倉市立富士塚小学校 鎌倉市立深沢中学校
寺分一丁目 全域
寺分二丁目 全域
寺分三丁目 1~6番
30〜31番
7~29番 鎌倉市立深沢小学校

施設編集

寺社・旧跡編集

その他編集

  • 鎌倉市深沢多目的スポーツ広場

参考文献編集

  • 三浦勝男編 『鎌倉の地名由来辞典』 東京堂出版 2005

脚注編集

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  1. ^ 平成28年(2016年)版鎌倉の統計”. 鎌倉市. 2018年2月22日閲覧。
  2. ^ a b 鎌倉の人口と世帯数(地域・町丁・字別)”. 鎌倉市 (2018年1月26日). 2018年2月22日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月22日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月22日閲覧。
  5. ^ 鎌倉市の町名称及び住居表示の実施状況”. 鎌倉市 (2017年2月7日). 2018年2月22日閲覧。
  6. ^ 鎌倉市の市立小学校通学区域”. 鎌倉市. 2017年7月6日閲覧。
  7. ^ 鎌倉市の市立中学校通学区域”. 鎌倉市. 2017年7月6日閲覧。