専科 (宝塚歌劇)

日本の宝塚歌劇団における、特定の組に所属しない団員の集合
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宝塚歌劇団における専科(せんか、英称:SUPERIOR members)は、特定の組に所属しない団員の集まり。

イメージカラーは、いぶし銀の輝きや渋さを表す黒からグレー。また劇団ウェブページなどでは濃い紫や赤が使用されることがある。

専科の特色編集

組と並んで表記されることが多いが、組ではなく特定の組に所属しない一芸に秀でた生徒の集団である。英称は“SUPERIOR members”であり、“troupe”と訳される組(例:花組=“FLOWER troupe”)とは異なっている。元々は「舞踊専科」「演劇専科」「声楽専科」「ダンス専科」「映画専科」などに分かれていたが、近年はそのような振り分けはされていない。

専科生は各組の公演には特別出演として出演する。トップスター経験者の轟悠は主演男役として特別出演する。春日野八千代も同様であった。他の生徒は、主に老け役をこなし、脇でしっかり芝居を固めるなど、渋いながらも宝塚の公演にはなくてはならない存在である。また、1984年専科バウホール公演『花供養』などのように、専科生だけの公演もある。

歌劇団の生徒は定年になると退団するが、特別顧問の轟悠と理事の英真なおきは例外となっている。

在籍中の専科生徒一覧編集

★は宝塚歌劇の殿堂入りした生徒[1]

男役編集

女役編集

過去の主な在籍者編集

★は宝塚歌劇の殿堂入りした生徒[1]

専科在籍経験のあるトップスター編集

  • 寿美花代(1963年退団、元星組トップスター)
  • 淀かほる(1966年退団、元花組トップスター)
  • 那智わたる(1968年退団、元星組トップスター)
  • 上月晃(1970年退団、元星組トップスター)
  • 真帆志ぶき(1975年退団、元雪組トップスター)
  • 鳳蘭(1979年退団、元星組トップスター)
  • 天津乙女(1980年在団中のまま死去、元劇団理事、元月組トップスター)
  • 榛名由梨(1988年退団、元花組・月組トップスター)
  • 神代錦(1989年在団中のまま死去、元劇団理事、元星組トップスター)
  • 春日野八千代(2012年在団中のまま死去、元劇団名誉理事、元星組・雪組・花組トップスター)
  • 北翔海莉(2016年退団、元星組トップスター)

専科在籍経験のあるトップ娘役編集

  • 加茂さくら(1971年退団、元雪組トップ娘役)
  • 高宮沙千 (1979年退団、元雪組トップ娘役)
  • 上原まり (1981年退団、元花組トップ娘役)
  • 檀れい (2005年退団、元月組・星組トップ娘役)
  • 遠野あすか (2009年退団、元星組トップ娘役)

専科在籍経験のある男役編集

専科在籍経験のある娘役編集

新専科編集

新専科は、2000年6月1日付けで導入された新しい専科制度。当時の理事長・植田紳爾の肝煎りで導入された。ただし、「新専科」という名称は通称であり、公式には使用されていない。 従来の専科とは違い、新専科生はまだ若い将来のトップスター候補生である。各組への特別出演や外部出演などを経験して芸を磨き、そこから各組トップを組の枠を超えフレキシブルに誕生させることが狙いであった。なお、突然の事態にファンは騒然となり、公式ウェブページにアクセスが殺到した[3]

発足当初に新専科に配属されたのは、以下の10名(当時の各組の2・3番手)。

後に、雪組の成瀬こうきも加わっている。

このうち、トップスター昇格を果たしたのは、匠、紫吹、香寿、絵麻緒、彩輝、湖月の6人。伊織、汐風、成瀬、樹里、初風の5人はトップになることなく退団した。2006年11月に退団した湖月を最後に、新専科に配属された生徒は全員退団した。

脚注編集

[脚注の使い方]

出典編集

外部リンク編集