小山 セリノ(こやま せりの、1961年5月11日[1] - )は、主に1970年代後期に活動していた日本の元歌手、元タレント

小山 セリノ
生誕 (1961-05-11) 1961年5月11日(62歳)
出身地 ブラジルの旗 ブラジル
ジャンル 歌謡曲
ポップ・ミュージック
職業 歌手女優タレント
活動期間 1976年頃 - 1980年
レーベル CBSソニー
事務所 エイプリルミュージック

所属していた事務所は「エイプリルミュージック」[2][3]

来歴・人物 編集

母は歌手、女優の丹下キヨ子[4][5]。デビューした当時「丹下キヨ子の娘」ということで話題になったことがあった[6]ブラジル生まれ[1]だが、日本語しか話すことが出来ないという[4]。三人姉妹の三女で[5]、一番上の姉(長女)はブラジルで俳優、和太鼓奏者として活動している丹下セツ子。長女と次女の間に兄が居たが生後すぐに亡くなっており[5]、実質三人姉妹で育った。本人は自分の一家を「先祖代々の女系家族」と語っている[5]

公表していたサイズは身長159cm、B86cm、W58cm、H87cm(1978年当時)[4]血液型はO型[6]。趣味・特技は香水集め、長電話、モダンバレエテニス[6]天地真理ファンを公言していた[3]。青蘭学院高等学校(現・青稜高等学校)卒業[1]。中学生時から芸能活動を始め、高校1年生時の1978年3月21日、シングル『ツー・ツー・ツー』で歌手デビュー[4]

歌手活動は1978年中にシングル2枚をリリースした後停止、後に1979年1月5日スタートのテレビドラマ『燃えろアタック』(テレビ朝日)にレギュラー出演していたが、同作は1979年10月頃に途中降板、その後月刊「映画ファン」(映画世界社)1980年11月号に掲載された本人のグラビアページにおいては「すでに引退してある会社に勤務」していると紹介されている[7]。この雑誌と週刊プレイボーイ1980年10月28日号内の本人のグラビアページにおいては「これ限りの特別出演」として掲載に応じている[7]

2018年11月22日より映像コンテンツ権利処理機構と連絡が取れないと掲載されている[8]

ディスコグラフィー 編集

シングル 編集

発売日 レーベル タイトル 作詞 作曲 編曲
1978年3月21日 CBSソニー A ツー・ツー・ツー[9] 島武実 穂口雄右 穂口雄右
B ナルシスの丘 高田弘
1978年8月 A ボーイハント'78 森雪之丞
B オー・マイ・センチメンタル

アルバム 編集

出演 編集

テレビドラマ 編集

バラエティ 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c 週刊TVガイド 1979年5月11日号「今週誕生のスター名鑑」147頁。
  2. ^ 月刊映画少年(白夜書房)1978年12月号、本人記事。
  3. ^ a b 週刊プレイボーイ 1978年6月20日「'78新人賞候補ベスト8水着競艶」184頁
  4. ^ a b c d 週刊ポスト 1978年4月28日号、本人記事。
  5. ^ a b c d 宝石 1978年10月号 180 - 181頁。
  6. ^ a b c 月刊クランク・イン 1978年11月号 本人記事。
  7. ^ a b 月刊「映画ファン」(映画世界社)1980年11月号 32頁 本人グラビア記事。
  8. ^ 放送番組に出演された小山セリノ様をさがしています”. 一般社団法人 映像コンテンツ権利処理機構aRma (2018年11月22日). 2023年7月11日閲覧。
  9. ^ 固定電話を切った後に受話器から聞こえてくる音がタイトルになっている。
  10. ^ アイドル・ミラクルバイブルシリーズ 77・78 Girls 久木田美弥・小山セリノ・久我直子 - Sony Music Shop オーダーメイドファクトリー