小島武夫

小島 武夫(こじま たけお、1936年2月11日 - 2018年5月28日)は競技麻雀プロ雀士である。福岡県福岡市博多区出身。日本プロ麻雀連盟初代会長・最高顧問。同団体内での段位は九段。

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経歴・人物編集

雀士として知名度が高く「ミスター麻雀」の異名を取る。阿佐田哲也古川凱章らと「麻雀新撰組」を結成し[1]、往年の人気深夜番組『11PM』の麻雀コーナーに登場するなどタレント的人気を博した。一方で著書『麻雀-君ならどう打つ』の記述が天野晴夫の著書『リーチ麻雀論改革派』で批判されるなど話題になる。現在はCSのTV対局・麻雀格闘倶楽部シリーズ・ロン2などで現役として活躍している。2011年3月21日に麻雀グランプリMAX-2010で優勝し、75歳1カ月で健在を示した。

ツモった牌を手牌の中にしまったかどうかを相手からわからなくする「小手返し」を得意とし、誰にも見破られなかった青年時代を過ごす。10代より雀ボーイを始め、たびたびイカサマ師を捕えたことからイカサマに精通しており、自身がイカサマについて解説したビデオや出演した番組内でイカサマを披露し、桜井章一のイカサマを見破った[2]。麻雀のほかギャンブル一般と競艇に詳しい。

経営者となった雀荘をたびたび倒産させた借金王としても有名である。「近代麻雀オリジナル」で連載されたかわぐちかいじの漫画『はっぽうやぶれ』のモデルになっており、多くのプロ雀士や麻雀愛好家から親しみを込めて「小島先生」と呼ばれている。

博多弁が特徴で、性格は明るく人なつっこく男女問わず好かれる。好きで知られ、特にハイボールが好みで3日に1本は飲む。55歳のときに糖尿病を患い、75歳まで治癒しなかった。先述の経歴のため、年金を一切受けていない[3]2009年にパソコンやiPhoneの操作を習得した。[4]愛嬌がある独特の滑舌からインターネット上で「ふがふが」の愛称で親しまれる。2人の女性との間に子供3人を儲け、孫は2010年12月時点で10人で、孫の小島優は日本プロ麻雀連盟に所属するプロ雀士である。

2018年5月28日午前、心不全のため療養先の東京都内の病院で死去[5][6]。82歳没。訃報は日本プロ麻雀連盟が5月31日に公式サイトにて告示した[5]

雀風編集

  • 「魅せる麻雀」を信条としており常に視聴者を意識した手作りをする。内容は手役を作りにいくもので、打点の高さはプロ随一である。本人曰く「1000点、2000点の手にはなんの興味も無い」らしい。得意手役は三色同順、その中でも純チャン三色を最も好む。最近では赤ドラルールを採用し、タンピン三色を好んでいる。しかしその手作りが枷となり、スピードという点で他者よりも聴牌が遅れることがよくある。
  • 第4回MONDO21杯では見事決勝に進み3位、決勝6番勝負の初戦でいきなり四暗刻を炸裂させて「ミスター麻雀」の貫禄を示した。第3回モンド名人戦予選第13戦ではオーラス(親番)わずか8巡で九蓮宝燈をツモ上がる[7]など他にも公式戦で幾度も役満を和了っており、特に四暗刻の回数は抜きんでて多い。目先の勝ち負け(勝率)に拘った華のない打ち筋をとことん嫌い、常に大技を狙い続ける華のある打ち筋をモットーとしている為、成績の浮き沈みが激しい。MONDO21杯には第1回から出場しているのにも拘らず、2011年まで優勝経験は無かったが、第5回名人戦にて遂に念願の初タイトルを獲得した。ちなみに九蓮宝燈は生涯で5回上がっており、その内2回は公式戦である。公式記録に残る初めての九蓮宝燈も本人が上がっている。
  • 「間4ケン」を命名したことでも有名。例えば捨牌に2・7があれば4・5の搭子が手の内にあり、3・6両面待ちの可能性が高く切りにくい。2と7の間に3456の4つが入ることに由来する[8]

タイトル編集

など

出演した番組編集

著書編集

  • 「麻雀・最強の打ち方」(2011年 日本文芸社)
  • 「ろくでなし 伝説のミスター麻雀、酒と女とカネの無頼75年」(2010年 徳間書店
  • 「小島武夫の豪快麻雀」(2008年 毎日コミュニケーションズ
  • 「ひと目でわかる麻雀 点数のかぞえ方」(2004年 日本文芸社
  • 「勝つ麻雀負けない麻雀―初心者でも実戦ですぐに勝てるコツ」(2000年 日本文芸社)
  • 「絶対負けない麻雀―読むだけで強くなる驚異の麻雀戦術」(1999年 日本文芸社)
  • 「わかりやすい最新麻雀―天才プロ小島が教える」(1997年 梧桐書院
  • 「小島武夫の実戦麻雀読みのすべて」(1992年 永岡書店
  • 「麻雀・最強の打ち方―役作りの構想からリーチ看破法まで 最強プロはこう打つ!」(1991年 日本文芸社)
  • 「麻雀-君ならどう打つ」(1986年 日本文芸社)
  • 「麻雀・私ならこう打つ」(1985年 日本文芸社)
  • 「麻雀必殺の打ち方」(1981年 日本文芸社)
  • 「小島の麻雀 必殺の決め手」(1978年 日東書院
  • 「麻雀の研究 笑いながら強くなる本」(1971年 祥伝社) - 作家・吉行淳之介との対談形式

脚注編集

  1. ^ 「麻雀新撰組 in the 70s'」、『近代麻雀』第30巻第7号、竹書房、2008年3月、 12ページ。
  2. ^ 2007年9月4日の本人談にて
  3. ^ 『ろくでなし 伝説のミスター麻雀、酒と女とカネの無頼75年』プロローグより。
  4. ^ 2011年9月27日ニコニコ生放送バンブーチャンネル「生ける伝説!! 小島武夫 60分間生インタビュー」本人談
  5. ^ a b “訃報” (日本語) (HTML) (プレスリリース), 日本プロ麻雀連盟, (2018年5月31日), http://www.ma-jan.or.jp/news/information/37903.html 2018年5月31日閲覧。 
  6. ^ “「ミスター麻雀」プロ雀士小島武夫さん死去 82歳”. ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201805310000597.htmldate=2018-05-31 2018年5月31日閲覧。 
  7. ^ バビィのバカヅキサイクロン
  8. ^ 梶本琢程プロ・近代麻雀オンラインバトルBBS

関連項目編集

外部リンク編集