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小崎 愃(こざき けん、1939年12月14日 - )は元アナウンサー

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来歴編集

立命館大学法学部卒業後、1964年近畿放送へ入社。主に土曜・日曜競馬中継を担当し、エキサイトナイター・近鉄エキサイトアワーのプロ野球中継、高校野球、関西学生スポーツ中継やタイムリー10でも活躍。特に競馬中継ではミスターシービー1983年)・シンボリルドルフ1984年)・ナリタブライアン1994年)が三冠を達成した瞬間を伝えたほか、1997年にはサイレンススズカの新馬戦も担当。

1990年代初頭には久保房郎濱野圭司宮本英樹寺西裕一ら後進に譲る判断で土曜競馬中継の司会進行に回ったが、イトマン事件の影響を受けたKBS京都が1994年に会社更生法の適用申請をするに至り、機を同じくして濱野・寺西ら後輩がKBSを退社する事態となったことから人材不足を補うべく実況に復帰した。

退職後は京都市伏見区FM845パーソナリティを務め、2015年9月29日の「ピッカピカラジオ」をもって引退。

エピソード編集

実況ではゴールの瞬間を「ゴールイン」ではなく「○○(勝馬)1着」と言うスタイルで、同局の後輩アナウンサーの多くが踏襲した。接戦の時は「ほとんど同時」と言うことが多かった。

日本ダービーをはじめ関東エリアのGIレースでも現地取材を行い、土曜中継の最終レース終了後や日曜中継でレポートを担当。記録用に実況も行っているが、レース当日の中継やダイジェストではラジオたんぱ[1]の実況を使用した。

1971年には映画「現代やくざ 血桜三兄弟」に声だけで出演し、劇中で実況を担当した。

1996年のバイオレットステークスでは降雪により、1400mレースのうち、ゴール前約300m地点まで全く馬が見えない中での実況であった。

印象に残る競走馬はハマノパレード[2]

主な競馬実況歴編集

1980年代までKBS京都の競馬実況は小崎が中心である。以下に留まらない点に留意されたい。

GIレース編集

その他編集

出演番組編集

過去編集

KBS京都

FM845

  • とんとんモーニング
  • ピッカピカラジオ(最後の担当番組)

脚注編集

  1. ^ 現・ラジオNIKKEI
  2. ^ 1988年6月に行われた「宝塚記念フェスティバル」での発言。

外部リンク編集