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画像提供依頼:登場当時(準特急時代)の写真の画像提供をお願いします。2018年3月

小田急2320形電車(おだきゅう2320がたでんしゃ)は、かつて小田急電鉄に在籍した電車である。

小田急2320形
Oer2320.JPG
通勤車時代の2320形
基本情報
製造所 川崎車輛
主要諸元
編成 4《2》
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 100 km/h
設計最高速度 110 km/h
車両定員 130人(座席58人・立席72人) - 134人(座席59人・立席75人) - 140人(座席64人・立席76人) - 130人(座席58人・立席72人)
《130人(座席48人・立席82人) - 130人(座席48人・立席82人)》
自重 34.34t - 32.91t - 33.13t - 32.77t
《33.7t - 32.13t》
編成重量 133.15t 《65.83t》
編成長 70m 《35m》
全長 17,500 mm
車体長 17,000 mm
全幅 2,775 mm
車体幅 2,700 mm
全高 4,130 mm
車体高 3,745 mm
台車 FS316
主電動機 MB-3032
主電動機出力 75kW
搭載数 4基 / 両
端子電圧 340V
駆動方式 WN駆動方式
歯車比 81:16=5.06
編成出力 1,200kW《600kW》
制御装置 発電制動併用直並列複式(ABFM-D) ABFM108-15-MDHB
制動装置 電磁直通式電空併用中継弁付自動空気制動 (HSC-D)
保安装置OM-ATS
備考 《》内は一般車
定員・重量は左側が新宿側の車両
2320形側面図
小田急電鉄2320形(登場当時の側面図)
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両開きの客用扉を2か所に持つセミクロスシート車で、特急ロマンスカーを補完する準特急[注釈 1]用車両として1958年(昭和33年)に登場し、土休日の準特急運用を中心に使用され、平日には急行各駅停車といった料金不要列車にも使用されていたが[1]1963年には、3100形NSE車が増備されたことから準特急という種別そのものが廃止となったため、2300形とともに3扉ロングシート通勤車両へ改造され、2200形・2220形・2300形と共通運用で使用されることになった。これらの4形式は、搭載制御器にちなみABFM車(またはFM車)[注釈 2]と呼称された。

小田急では1983年(昭和58年)まで使用された。廃車後は4両が富士急行に売却され、同社5700形として使用されたが、1994年12月に2両が廃車となり、残る2両も1997年2月に廃車となった。

登場の経緯編集

小田急のロマンスカーの地位を不動のものにした車両とされている[2]1700形が導入されて以後、特急の利用者数は増加の一途をたどった。このため、1953年9月の土休日から、特急を補助する目的の列車の運行を開始した。

当初はサービスカーと称し、ABF車[注釈 3]2200形・2220形などを使用していたが、1958年からは準特急という種別に変更の上座席指定料金を徴収することになったため、車両についても料金を徴収することに見合った車両を用意することになり、製造されたのが本形式である。

車両概説編集

2220形と同様の17.5m車による4両編成で、2編成8両が製造された。形式は4両ともデハ2320形で、編成はデハ2321・デハ2322・デハ2323・デハ2324およびデハ2325・デハ2326・デハ2327・デハ2328であった。

本節では以下、小田原方面に向かって右側を「山側」、左側を「海側」と表記する。

車体編集

先頭車・中間車とも車体長17,000mm・全長17,500mmで、車体幅は2,700mmと2220形と同様である。客用扉は各車両とも2か所となったが、平日の通勤輸送との兼ね合いから停車時間の増加を防ぐ目的で、1,300mmの両開き扉を小田急では初めて採用した[3][4]

正面は2220形と同様の貫通形前面である。

側窓については、扉間固定式クロスシート部分と車端部については2200形と同様の1,000mm幅、扉間のロングシート部分では戸袋窓の隣に800mm幅とした。塗装は腰部と上部が青色、窓周りが黄色という、当時の特急色となった。

内装編集

座席は扉間に6組の固定式クロスシートを配置し、それ以外の部分はロングシートとなった。この車内設備は、特急を補完する列車として、何度か営業部門から要望が出ていたものの、通勤輸送への対応の面から実現せず、本形式で実現をみたものである[4]。デハ2322・デハ2326の小田原側海側にはトイレを設置したが、小田急では初めて床下に汚物タンクを設けた貯留式とした。これは日本の鉄道の歴史上においても早期の採用事例である[5]

主要機器編集

主要な機器は2220形とほぼ同様であるが、電動発電機電動空気圧縮機車両番号末尾が奇数の車両に、主制御器集電装置を車両番号末尾が偶数の車両に搭載した。

主電動機端子電圧340V時1時間定格出力75kW三菱電機MB-3032を各台車に2基ずつ装架する。駆動方式はWN継手によるWN駆動方式を採用し、台車は2220形同様にアルストムリンク(平行リンク)式金属ばね台車である住友金属工業FS316を装着する。

沿革編集

本形式と同様に2扉セミクロスシート車に改造された2300形とともに、1959年春より土曜日・休日に運行される準特急を中心とした運用を開始した。平日はラッシュ時のピークを避けた運用に使用された[6]

しかし、1963年4月に3100形NSE車が導入され、これと同時に準特急という種別は廃止されることになり、本形式と2300形はともに使命を失うことになった。準特急の運用から外された本形式は、2400形HE車へ増結するための2両編成が不足していたことから、2両編成のロングシート3扉車に改造されることになった[注釈 4]

 
格下げ改造に伴う側面窓配置の変遷

改造の内容は、デハ2321(デハ2325)とデハ2322(デハ2326)、デハ2323(デハ2327)とデハ2324(デハ2328)の2編成に分割した上、中間車には正面はHE車と同様の貫通形運転台を増設した。また、客用扉は2200形・2220形と同様に1,100mm幅の片開き扉を3か所に設置したほか、デハ2322・デハ2326のトイレは撤去された。改造時には、窓配置の全面的な変更は行なわなかった[4]ため、特に扉間の3枚の窓は1,000mm幅の戸袋窓・800mm幅の窓・1,000mm幅の窓と、3種類の窓が並ぶことになった。

3扉ロングシートとなってからは、2200形・2220形・2300形と共通運用となっており、小田急のダイヤ上も同一形式扱いであった。このため、本形式も含めた4形式をまとめて「ABFM車」「FM車」と呼ばれるようになった。また、2220形と同様の外観となったが、前述の不規則な側面窓配置などで判別可能であった。

 
急行運用に入った2320形

当初は他のABFM車と同様、HE車の増結などに使用されていたが、大型車の増加とともに、2両編成を3本連結した6両編成での運用が目立つようになった[7]。1968年に列車種別表示器・OM-ATS信号炎管の設置を行ない、1969年にはケイプアイボリーにロイヤルブルーの帯を巻く新塗装に変更された、同時期に連結器が密着自動連結器から密着連結器に交換された。また、1974年には扉下にプラットホームと車体の間の隙間を埋めるためのステップが設置された[8]

1982年よりABFM車の淘汰が開始されることになり、本形式は1983年8月31日付で4両が廃車となり、富士急行に譲渡された。残る4両も1984年6月までに廃車解体された。

 
譲渡後の2320形(富士急5700形)

富士急では5700形として使用されることになり、同社の主力車両の一部として運用されたが、富士急では車両のレベルアップのため、京王5000系を譲受の上車両の更新を行うことになり、1994年12月にモハ5715・モハ5716(デハ2328・デハ2327)が、残るモハ5711・モハ5712(デハ2326・デハ2325)も1995年10月に廃車となった。モハ5716(デハ2327)は個人に譲渡され、山梨県甲斐市(旧・中巨摩郡竜王町)で使用されていたが、2012年12月に撤去されてしまったため現存しない。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 小田急の準特急は接客設備の格差によるものであった。接客設備の格差を理由に格下の種別を使用した事例は他にも東武伊勢崎日光線系統の快速急行だいや・おじか」がある(こちらも他社の快速急行とは異なり、急行の速達化というより急行「りょうもう」よりランクが劣る快速用車両を使用したものであった)。
  2. ^ ABF車と同様に、A(Automatic acceleration:自動進段)、(Battery voltage:低電圧動作)、F(Field tupper:弱め界磁機能)、M(Multiple notch:多段進段)の頭文字を並べた三菱電機製制御器搭載車を指す。主回路内部のスイッチグループを多段化したことでスムーズな加速を実現し、弱め界磁制御の範囲拡大で高加速性能と高速運転性能の両立が可能となった。
  3. ^ 1600形1900形などの車両で、A(Automatic acceleration:自動進段)、B(Battery voltage:低電圧動作)、F(Field tupper:弱め界磁機能)の頭文字を並べた型番のウェスティングハウス・エレクトリックあるいはそのライセンシーである三菱電機製の間接自動制御器を搭載する車両を指す。
  4. ^ これにより、両開き2扉を持つセミボックスシート車両は1966年に国鉄のキハ45系気動車が登場するまでは途絶えることになる。

出典編集

  1. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻829号 p152
  2. ^ 保育社『日本の私鉄5 小田急』(1983年7月1日重版)p16
  3. ^ 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』No.649 p.57
  4. ^ a b c 保育社『日本の私鉄5 小田急』(1983年7月1日重版)p73
  5. ^ 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション2 小田急電鉄1960-70』p52
  6. ^ メディアテックス『小田急電鉄完全データDVDBOOK』p.60
  7. ^ 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション2 小田急電鉄1960-70』p68
  8. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻405号 p173

参考文献編集

  • 保育社『日本の私鉄5 小田急』(1983年7月1日重版)ISBN 4586505303
  • 保育社『私鉄の車両2 小田急電鉄』(1985年3月25日初版)ISBN 4586532025
  • 大正出版『小田急 車両と駅の60年』(吉川文夫編著・1987年6月1日初版)0025-301310-4487
  • 電気車研究会鉄道ピクトリアル』通巻405号「特集・小田急電鉄」(1982年6月臨時増刊号)
  • 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』通巻546号「特集・小田急電鉄」(1991年7月臨時増刊号)
  • 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』通巻679号「特集・小田急電鉄」(1999年12月臨時増刊号)
  • 電気車研究会『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション1 小田急電鉄1950-60』(2002年9月別冊)
  • 電気車研究会『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション2 小田急電鉄1960-70』(2002年12月別冊)
  • 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』通巻829号「特集・小田急電鉄」(2010年1月臨時増刊号)
  • 秀和システム 藤崎一輝『仰天列車 鉄道珍車・奇車列伝』(2006年12月25日初版)ISBN 4798015474
  • メディアテックス『小田急電鉄完全データDVDBOOK』(2010年11月1日初版)

関連項目編集

他社の近似車両
  • 京成3150形電車京成3200形電車 - 一部の編成に有料特急「開運号」用のセミボックスシート車が存在した。
  • 東武6000系電車 - 2扉セミボックスシートを持つ快速用車両であるが、有料の急行や快速急行にも使用されたりするなど、本形式に類似する。
  • 京急700形電車 (初代) - 2扉セミクロスシートを持つ快特・特急用車両で後に600形となった。有料の座席定員制列車に使用されたこともある。
  • JR東日本215系電車 - デッキなし2扉クロスシートのホームライナー用2階建て車両。日中は料金不要の快速列車として使用されたこともあるなど、本形式と共通する点もある。