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小碓村(おうすむら)は、かつて愛知県愛知郡にあった。現在の名古屋市港区熱田区の一部[注釈 1]に該当し、庄内川堀川に挟まれた地域である[注釈 2]

おうすむら
小碓村
廃止日 1921年8月22日
廃止理由 編入
現在の自治体 名古屋市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
愛知郡
総人口 5,776
(1920年10月1日)
小碓村役場
所在地 愛知県愛知郡小碓村
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村域は江戸時代伊勢湾を埋め立てた新田である。村名は、小碓命に由来するという[注釈 3]

沿革編集

  • 1649年慶安2年) - 熱田新田が開発される。
  • 1675年延宝2年) - 船方新田が開発される。
  • 1696年元禄9年) - 甚兵衛新田が開発される。
  • 1739年元文4年) - 土古山新田が開発される。
  • 1750年寛延3年) - 甚兵衛後新田が開発される。
  • 1800年寛政12年) - 熱田前新田が開発される[注釈 4]
  • 1817年文化14年) - 神宮寺新田が開発される[注釈 5]
  • 1820年文政3年) - 稲富新田が開発される。
  • 1821年(文政4年) - 甚兵衛新田を当知新田に改称する。
  • 1822年(文政5年) - 宝来新田が開発される。
  • 1826年(文政9年) - 永徳新田が開発される。
  • 1837年天保8年) - 熱田築地前新開が開発される。
  • 1861年文久元年) - 熱田築地前新開を作良新田と改称する。
  • 江戸時代末期、この地域は尾張藩領、旗本領であった。
  • 1876年明治9年) -
    • 熱田新田が熱田新田西組と熱田新田東組に分立する。
    • 作良新田と船方新田が合併し、千年村となる。
  • 1878年(明治11年) -
    • 熱田新田西組と熱田古堤亥新田が合併し、熱田新田西組となる。
    • 稲富新田と永徳新田が合併し、稲永新田となる。
    • 神宮寺新田、宝来新田、元美新田、山藤新田が合併し、宝神新田となる。
  • 1889年(明治22年)10月1日 -
    • 当地新田、土古山新田、熱田新田西組が合併し、明徳村となる。
    • 千年村と熱田新田東組が合併し、宝田村となる。
    • 稲永新田、宝神新田、甚兵衛後新田、熱田前新田が合併し、寛政村[注釈 6]となる。
  • 1906年(明治39年)5月10日 - 明徳村、宝田村、寛政村が合併して小碓村となる。
  • 1907年(明治40年)7月16日 - 小碓村の一部[注釈 7]名古屋市に編入される。
  • 1921年大正10年)8月22日 - 名古屋市に編入され、名古屋市南区の一部となる。
  • 1937年昭和12年)10月1日 - 名古屋市南区から港区が新設され、旧・小碓村の地域は港区となる。

学校編集

神社・仏閣編集

  • 素盞嗚神社
  • 二名社
  • 龍神社
  • 善進神明社
  • 熱田社
  • 浄専寺
  • 如意寺
  • 高松寺

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 戦後の区画整理による。
  2. ^ 戦後、名古屋港開発のために埋め立てられた地域を除く。
  3. ^ 小碓村は、ヤマトタケルに関わる熱田神宮の南に位置する。
  4. ^ 寛政年間の古地図に記載があることより、熱田古堤亥新田もこの頃開発されたと推測される。
  5. ^ この頃、山藤新田、元美新田も開発されたと推測される。
  6. ^ 熱田前新田が開発されたのが寛政12年であったことに由来する。
  7. ^ 旧・宝田村全域と寛政村の稲永新田。

出典編集

関連項目編集