小野竹良

奈良時代の貴族

小野 竹良(おの の つくら/ささら)は、奈良時代貴族。名は都久良とも記される。系譜は明らかでない。官位従四位下左京大夫

経歴編集

孝謙朝天平勝宝6年(754年従五位下叙爵淳仁朝天平宝字4年(760年蝦夷征討の功績(雄勝城築城、桃生柵の完成と蝦夷拠点の制圧)により、東北地方の諸官が昇叙された際、出羽守であった竹良も従五位上に叙せられている。

天平宝字7年(763年左中弁に任ぜられるが、翌天平宝字8年(764年)9月に発生した藤原仲麻呂の乱では孝謙上皇側に加勢したらしく、10月に正五位下に昇叙され、翌天平神護元年(765年)には勲四等への叙勲と、従四位下への叙位を受けている。神護景雲2年(768年右京大夫に任ぜられるが、翌神護景雲3年(769年)5月8日卒去。最終官位は左京大夫従四位下。

官歴編集

注記のないものは『続日本紀』による。

脚注編集

  1. ^ 『大日本古文書(編年文書)』24巻76頁

参考文献編集