小金丸幾久

日本の彫刻家 (1915-2003)

小金丸 幾久(こがねまる いくひさ、大正4年(1915年) - 平成15年(2003年3月6日)は、長崎県壱岐郡武生水村(現・壱岐市)出身の彫刻家太平洋美術学校教授東京大学建築学科講師

経歴 編集

  • 1915年、長崎県壱岐郡武生水村(現・壱岐市)に生まれる。
  • 1941年、文展(現・日展)に初めて入選する。
  • 1959年、太平洋展に出品し奨励賞を受賞する。
  • 1961年、プールブー賞を受賞する。
  • 1964年、太平洋美術学校の教授となる。日彫展奨励賞を受賞する。
  • 1967年、東京大学建築学科の講師となる。日彫展努力賞を受賞する。明治天皇御聖像を制作する。
  • 1968年創価高校に「青年と鷲」像を制作する。
  • 1970年、太平洋会員秀作賞を受賞。第三文明展奨励賞を受賞。
  • 1972年、第三文明展にて、第三文明賞を受賞する。
  • 1974年、ヨーロッパ7ヶ国を外遊する。
  • 1975年、銀座松坂屋にて第1回個展を開催する。
  • 1977年、東京大学講師を定年退官する。
  • 1981年、銀座七洋画廊企画にて第2回個展を開催する。
    • ロサンゼルスインターナショナル展にて、ゴールド賞を受賞する。
  • 1982年大村市森園公園に天正遣欧少年使節顕彰の像を制作する。
  • 1983年、東京都養育院に、「よろこび」像を制作する。長崎オランダ村母子像を制作する。
  • 1984年東京富士美術館蔵、「よろこび」像を制作する。
  • 1985年佐世保市浦頭引揚記念「平和の女神・引揚げ者家族」像を制作する。
  • 1986年品川区「平和の誓い」像を制作する。SGI文化賞を受賞する。
  • 1987年福島県磐城第一高等学校にシンボル像を制作する。
  • 1990年、光月陶芸展にて金賞を受賞する。
  • 1991年、光月陶芸展にて大賞を受賞する。
  • 1993年創価大学に「学光の塔」を制作する。
  • 1994年天皇皇后に招かれて春の園遊会に出席する。
  • 1995年、壱岐文化ホールに「翔」像を制作する。
  • 1997年、「松永安左衛門翁」像を制作する。
  • 1997年、芦辺港に「少弐資時公」像を制作する。
  • 2003年胃癌のため[1]東京都品川区東五反田のアトリエにて死去する。享年87。

主な作品 編集

  • 「青年と鷲」(創価高等学校
  • 「平和の誓い」(東京都品川区)
  • 「よろこび」(東京富士美術館蔵)
  • 「平和の女神・引揚げ者家族」(佐世保市)
  • 「天正遣欧少年使節」(大村市森園公園)
  • 「学光の塔」(創価大学
  • 「翔」(壱岐文化ホール)
  • 「明治天皇御聖像」(壱岐郷土美術館)
  • 「少弐資時公像」(壱岐市芦辺港)

受賞歴 編集

  • 1959年、「太平洋展」奨励賞
  • 1961年、プールブー賞
  • 1964年、「日彫展」奨励賞
  • 1967年、「日彫展」努力賞
  • 1970年、「太平洋展」太平洋会員秀作賞、「第三文明展」第三文明展奨励賞
  • 1972年、「第三文明展」第三文明賞
  • 1972年、「ロサンゼルスインターナショナル展」ゴールド賞
  • 1986年、SGI文化賞
  • 1990年、「光月陶芸展」金賞
  • 1991年、「光月陶芸展」大賞

弟子 編集

脚注 編集

  1. ^ 『現代物故者事典2003~2005』(日外アソシエーツ、2006年)p.229

出典・参考文献 編集

  • 壱岐文化ホール内・小金丸幾久の年譜

外部リンク 編集