尾崎護

日本の官僚

尾崎 護(おざき まもる、1935年(昭和10年)5月20日 - )は、日本大蔵官僚。元大蔵事務次官博士(法学)早稲田大学論文博士・2002年)。血液型はO型[1]

略歴編集

人物編集

  • 大蔵省で同期だった村本久夫曰く、「大変几帳面で、約束事はちゃんと果たすし、同期の面倒見もすこぶるいい」と言う[8]
  • 振り出しこそ主税局調査課だったが、主に主計局理財局といった予算・財政部局を歩み、税に関しては素人同然とされていた。尾崎は主税局担当審議官の内示を受けた時のことを「頭の片隅にもなかったから、本当にびっくりした。それまでの自分のキャリアから考えて、8〜9割は主計局に行くだろうと思っていた。あるいは大臣官房文書課長近畿財務局長の直前に短期間、銀行局総務課長をやったから、銀行局審議官の可能性もあるかなと思ったが、主税局は夢にも考えていなかった」と語っている。尾崎は臆せずに大臣官房長西垣昭へ近畿財務局から電話で尋ねた。どういうことかと問い質したが、西垣からは「いや、新しい税をやるんだから、何も知らない方がいいんだよ」と返された。2年間だけ主税局調査課に配属になったといっても、外国担当でドイツの税制を多少かじっただけで、日本の税制は全く勉強したこともなかった[9]

同期入省者編集

同期に、角谷正彦(国税庁長官)、長富祐一郎(関税局長、大平総理首席補佐官)、新藤恒男(西日本シティ銀行頭取)、冨金原俊二(経企次官)、安原正(環境次官)、村本久夫(中央三井信託銀行会長)、関要(日本証券業協会副会長)、柿澤弘治(外務大臣)、大野功統(防衛庁長官)など。

その他役職編集

  • 公益財団法人矢崎科学技術振興記念財団理事長
  • 公益財団法人博報児童教育振興会理事
  • 公益財団法人朝日新聞文化財団理事

著書編集

参考文献編集

  • 『大蔵省主税局』 栗林良光、講談社、1987年

脚注編集

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  1. ^ 『日本の官庁,その人と組織:大藏省,経済企画庁』政策時報社、1987年発行、157頁
  2. ^ 『日本の官庁』国土政策研究会1978年発行、438ページ
  3. ^ 榊原英資『財務官僚の仕事力 最強官庁の知られざる出世事情』SB新書、59頁
  4. ^ 『職員録 上巻』大蔵省印刷局、1963年発行、350頁
  5. ^ 『職員録 上巻』大蔵省印刷局、1964年発行、361頁
  6. ^ 『職員録 上巻』大蔵省印刷局、1969年発行、395頁
  7. ^ 尾崎護「財政政策への視点 : 財政再建策の回顧と模索」早稲田大学 博士論文 (法学) 乙第1669号、2002年、 NAID 500000218919
  8. ^ 岸宣仁『財務官僚の出世と人事』文春新書、2010年8月発行、226・227頁
  9. ^ 岸宣仁『税の攻防:大蔵官僚四半世紀の戦争』文藝春秋、1998年4月発行、73頁


先代
平澤貞昭
国民生活金融公庫総裁
1994年 - 2003年
次代
薄井信明