山下町 (鹿児島市)

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山下町(やましたちょう Yamashita-Chō)は鹿児島県鹿児島市町名。旧鹿児島府下山下町郵便番号は892-0816。人口は536人、世帯数は313世帯。(2009年9月末現在)[1]。山下町の全域で住居表示を実施している。

山下町
—  町丁  —
鹿児島市役所本館
山下町の位置(鹿児島県内)
山下町
山下町
座標: 北緯31度35分41.7秒 東経130度33分23.4秒 / 北緯31.594917度 東経130.556500度 / 31.594917; 130.556500
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 鹿児島市
地域 中央地域
地区 上町地区
人口 (2010年(平成22年)2月末現在)
 - 計 536人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 892-0816

山下町という町名は町域北部にある城山に位置することに由来している[2]

目次

地理編集

鹿児島市の中心部に位置している。町域の北方には長田町小川町、南方には金生町中町東千石町、西方には城山町、東方には易居町名山町がそれぞれ接している。

北部には町名の由来である城山があり(但し現在は城山町を挟んでいる)、南側には天文館などの歓楽街が位置している。

また町域の西端(城山町・照国町の境界上)にある照国神社前交差点は九州の大動脈である国道3号及び国道10号、枕崎市から鹿児島市までを結ぶ国道225号、南さつま市から枕崎市、指宿市を経て鹿児島市までを結ぶ国道226号の終点となっている。また、中央公民館前交差点は鹿児島市から種子島奄美大島を経て沖縄県那覇市までを結ぶ国道58号の起点、桜島と垂水市の境界上にある桜島口までを結ぶ国道224号の終点となっている。国道58号の鹿児島市区間は「朝日通り」の名称で知られる。

町域の東端には鹿児島市役所があり、鹿児島市の行政の中心地となっている。かつては鹿児島県庁舎も設置されていたが、1996年平成8年)に鴨池新町に移転している[3]。跡地はかごしま県民交流センターとなっている。

歴史編集

成立から町村制施行まで編集

江戸期鹿児島城下士屋敷群であり、鹿児島城付近には藩役所の他に宮之城島津家、垂水島津家、加治木島津家、入来院氏喜入肝付氏吉利小松氏など大身層の屋敷が所在しており、岩崎には平士層屋敷群があり、岩崎郷中が置かれた[4]

明治期になると、鹿児島県庁の所在地となり、県の行政の中心地となった。1879年明治12年)には郡区町村編制法が施行され、山下町として成立した[2]

町村制施行以降編集

1889年(明治22年)に市制が施行されたのに伴い、鹿児島城下及び近在の47町3村の区域より鹿児島市が設置され、それまでの山下町は鹿児島市の町名「山下町」となった。1892年明治25年)に現在の鹿児島市立美術館の位置に鹿児島市役所が山之口馬場町から移転し[5][6]、県の中心としての役割の他に鹿児島市の中心としての役割も持つようになった。その後1937年昭和12年)に現在地に移転している[7]

1965年昭和40年)には町域の一部が城山町、名山町、照国町に分割され[2]、同時に山下町の全域で住居表示が実施された[8]

1996年平成8年)には町域内に明治期より所在していた鹿児島県庁舎鴨池新町に移転し[3]2003年に県庁舎跡地にはかごしま県民交流センターが設置された。

町域の変遷編集

分割実施後 分割実施年 分割実施前
城山町の一部 1965年(昭和40年) 山下町の一部
名山町の一部
照国町の一部

人口の変遷編集

統計年次〔年〕 世帯数〔世帯〕 総人口〔人〕 備考
明治10年代 1,100
-
[2]
1922年(大正11年) 846 6,062 [2]
1935年(昭和10年) 905 5,444 [2]

文化財編集

  • 鹿児島市庁舎本館
    大蔵省営繕管財局の設計による府県庁舎スタイルを基にしたものであるが、他の同局設計の建物と違いベースメント層を設けず直接道路より入れるように設計されている[9]1998年平成10年)に登録有形文化財(建造物)に指定された[10]
  • 鹿児島市中央公民館
    昭和天皇の成婚記念事業として1924年大正13年)に着工、1927年昭和2年)に鹿児島市公会堂として竣工した鹿児島市の公民館である[11]ラーメン構造RC造になっており、玄関両脇に階段室を配置し、その間にビラスター及びイスラム風の尖頭アーチを設置するなど中央重視と言われるデザインとなっている[12]2005年平成17年)に登録有形文化財(建造物)に指定された[13]
  • 県政記念館(旧鹿児島県庁)
    1922年大正11年)から用地買収が行われ、1923年大正12年)に着工、1925年大正14年)に竣工したものである[14]。ネオ・ルネッサンス様式によるデザインであり、中央部はトスカナ式の双柱に2階のイオニア式の柱を重ねたものとなっている[15]1996年平成8年)に鴨池新町に新庁舎が落成し、移転した[3]2000年平成12年)に移築改修され、2008年平成20年)に登録有形文化財(建造物)に指定された[16]
  • 旧鹿児島県庁舎正面門
    旧鹿児島県庁の門柱であり、花崗石製の本柱2基と脇柱2基が配されている。本柱頂部には照明、脇柱頂部にはカップ状の飾りがある[17]2008年平成20年)に登録有形文化財(建造物)に指定された[18]
  • 旧鹿児島県立尋常中学校門
    1894年明治27年)に鹿児島県立尋常中学校(現在の鹿児島県立鶴丸高等学校の前身)の門柱として設置された洋風の石造りの門である。のちに中学校は薬師町に移転し、県立図書館の正門を経て、鹿児島県庁舎の裏門として使用された[19]2008年平成20年)に登録有形文化財(建造物)に指定された[20]
  • 南日本銀行本店 - 登録有形文化財(国)
    鹿児島県技師であった三上昇の設計により、鹿児島無尽株式会社(南日本銀行の前身)の鹿児島支店の建物として建設されたもの。コリント式列柱による主階層、アーチ窓を重ねたアチック層と曲面で構成された塔屋が特徴的であるとされる[21]1998年平成10年)に登録有形文化財(建造物)に指定された[22][23]

交通編集

施設編集

この節では上記の文化財及び交通の節で記述した施設については割愛する。

公共
司法
郵便局
教育
企業

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[24]

町丁 番・番地 小学校 中学校
山下町 全域 鹿児島市立名山小学校 鹿児島市立長田中学校

山下町に関係のある人物編集

出身
  • 小松清廉(小松帯刀)
    幕末の薩摩藩士、肝付兼善の三男。山下町に所在した喜入屋敷で出生。小松家の養子となり、薩摩国吉利郷(現・日吉町吉利)の領主となる。維新の十傑の1人。鹿児島県文化センター敷地内に小松帯刀像が所在している。
居住
  • 小松清猷
    幕末の薩摩藩士であり、薩摩国吉利郷領主。「鹿児島城下絵図散歩」に山下町の区域に屋敷があったと記されている。
  • 肝付兼善
    幕末の薩摩藩士であり、薩摩国喜入郷(現・鹿児島市喜入地域)領主及び薩摩国中郷(現・薩摩川内市中郷)地頭。「鹿児島城下絵図散歩」に山下町の区域に屋敷があったと記されている。

脚注編集

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  1. ^ 統計情報 - 鹿児島市ホームページ。
  2. ^ a b c d e f 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.636
  3. ^ a b c Ⅲ鹿児島県政のあゆみ (PDF) p.2 - 鹿児島県 2012年1月26日閲覧。
  4. ^ 『日本歴史地名体系 47 鹿児島県の地名』 平凡社、1998年、154頁。ISBN 4-582-49047-6
  5. ^ 鹿児島市史Ⅱ pp.5-6
  6. ^ 鹿児島市史Ⅱ pp.43
  7. ^ 鹿児島市史Ⅱ p.45
  8. ^ 『鹿児島市史 第三巻』 p.742 - 鹿児島市 1972年
  9. ^ 鹿児島市庁舎本館 - 文化遺産オンライン 2012年1月26日閲覧。
  10. ^ 鹿児島市庁舎本館 - 国指定文化財等データベース 2012年1月26日閲覧。
  11. ^ 『南日本新聞』 2012年2月21日付 17面(373ワイドタウン)
  12. ^ 鹿児島市中央図書館 - 文化遺産オンライン 2012年1月26日閲覧。
  13. ^ 鹿児島市中央公民館 - 国指定文化財等データベース 2012年1月26日閲覧。
  14. ^ 旧県庁舎の新築落成 - 鹿児島県 2012年1月26日閲覧。
  15. ^ 県政記念館(旧鹿児島県庁舎本館 - 文化遺産オンライン 2012年1月26日閲覧。
  16. ^ 県政記念館(旧鹿児島県庁舎本館) - 国指定文化財等データベース 2012年1月26日閲覧。
  17. ^ 旧鹿児島県庁正面門 - 文化遺産オンライン 2012年1月26日閲覧。
  18. ^ 旧鹿児島県庁舎正面門 - 国指定文化財等データベース 2012年1月26日閲覧。
  19. ^ 旧鹿児島県立尋常中学校門 - 文化遺産オンライン 2012年1月26日閲覧。
  20. ^ 旧鹿児島県立尋常中学校門 - 国指定文化財等データベース 2012年1月26日閲覧。
  21. ^ 南日本銀行本店 - 文化遺産オンライン 2012年1月26日閲覧。
  22. ^ 沿革 - 南日本銀行 2012年1月26日閲覧。
  23. ^ 南日本銀行本店 - 国指定文化財等データベース 2012年1月26日閲覧。
  24. ^ 小・中学校の校区表”. 鹿児島市役所. 2010年9月14日閲覧。

参考文献編集

  • 鹿児島市史編さん委員会 『鹿児島市史Ⅱ』 鹿児島市、1970年

関連項目編集

座標: 北緯31度35分41.7秒 東経130度33分23.4秒