山内 日出夫(やまうち ひでお、1952年 - 2020年10月22日)は、日本の元政治家福島県会津若松市長(2期)、会津若松市議会議員(2期)を務めた。

略歴編集

福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校日本大学藝術学部卒業。大学卒業後、伊東正義衆議院議員の秘書、内閣官房長官秘書(1979年11月9日 - 1980年7月17日)、外務大臣秘書(1980年7月17日 - 1981年5月18日)を経て、会津若松市議を2期務める。

1991年に会津若松市長に就任。会津若松市長時代の功績のひとつに、1993年のコンピュータ理工学部の会津大学の設立がある。会津地方にとって4年制大学を作るのは、会津の人々の悲願となっていた。

1999年に2期目の任期途中で辞任、2000年第42回衆議院議員総選挙2003年第43回衆議院議員総選挙福島県第4区から自民党公認で立候補するも、敗北したため政界から引退する。

2005年高崎経済大学に入学し教員免許を取得。2009年1月より佼成学園女子中学校・高等学校相談役、同年4月より副校長を務め、2010年4月に同校校長に就任した。校長時代には、文部科学省が進める国際的に活躍できる人材育成のスーパーグローバルハイスクール(略称:SGH)の第一次指定を2014年(平成26年)度に獲得している。2017年より佼成学園教育顧問。その他、ニッポン文化学院学院長も務めた。

2020年10月22日、急性骨髄性白血病のため、群馬県前橋市の病院で死去。68歳没[1]。死没日をもって従五位叙位、旭日小綬章追贈[2]

脚注編集

  1. ^ “元会津若松市長の山内日出夫氏死去 68歳、会津大開学に尽力”. 福島民友新聞. (2020年10月24日). オリジナルの2020年10月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20201029165807/https://www.minyu-net.com/news/okuyami/FM20201024-549899.php 
  2. ^ 『官報』第381号11頁 令和2年11月26日号