山内 重直(やまうち しげなお)は、江戸時代前期の土佐藩家老。土佐山内家の一門。

 
山内重直
時代 江戸時代前期
生誕 万治2年(1659年
死没 元禄3年4月27日1690年6月4日
別名 通称:七郎、登之助
主君 山内豊昌
土佐藩
氏族 深尾家山内家
父母 父:深尾重照、母:松平石見守の娘
兄弟 深尾重次重直
正室:前田左京実庸の娘(高善院?)
規重遠重深尾重方正室
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略歴編集

万治2年(1659年)、深尾重照の子として誕生した。

寛文4年(1665年)、幕府の証人として江戸に下る。寛文5年(1666年)、大名の家臣に対する証人制度が廃止され帰国する。寛文10年(1671年)、新知1000石を賜る。寛文12年(1673年)、山内の名乗りを許され、通称を登之助と改める。延宝5年(1677年)、家老職、左後備組支配を命じられる。

元禄3年(1690年)4月27日、死去、享年32。家督は嫡男の規重が相続した。規重の長男・正之助(豊敷)は後に土佐藩8代藩主となる。

出典編集