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山岡 浚明(やまおか まつあけ、享保11年(1726年) - 安永9年10月15日1780年11月11日))は江戸期国学者、旗本。字名は子亮、号は梅橋散人、通称は左次右衛門、明阿彌。

林祭酒から漢学を学び、その後、賀茂真淵から古学を学ぶ[1]。江戸期の百科事典のひとつ『類聚名物考』や紀行文、随筆などを多く著わした。門人として北静盧など。

著書編集

  • 類聚名物考』(るいじゅめいぶつこう)[2](1753年 - 1779年)- 百科事典
  • 『跖婦人伝』(1749年)- 洒落本、筆号は泥郎子
  • 『愚管抄』
  • 『示蒙抄』
  • 『逸著聞集』
  • 『文栞』
  • 『紫のゆかり』[3] - 随筆。 『続日本随筆大成 8巻』( 吉川弘文館)に収録
  • 『伊香保の口すさみ』(明和元年) - 温泉紀行。筑波大学図書館蔵。

脚注編集

  1. ^ 関隆治・編『國学者著述綜覧』森北書店、1943年、196p。
  2. ^ 『類聚名物考(るいじゅめいぶつこう)』<調べ物に役立つ資料案内 - 埼玉県立図書館
  3. ^ 紫のゆかり(温知叢書) -Taiju's Notebook

関連事項編集

外部リンク編集