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山崎 照子(やまざき てるこ、生没年不詳)は日本教育者。元女優

やまざき てるこ
山崎 照子
別名 舞京子
クリちゃん
職業 社会福祉法人理事長
団体 若竹会
著名な実績 「京都市認可小規模保育事業」の制定運動
まい きょうこ
舞 京子
本名 山崎 照子
職業 女優
ジャンル 映画
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目次

経歴編集

大映京都撮影所に女優舞京子として14年間在籍し[1]クリちゃんの名で親しまれた[2]。1953年の「地獄門」撮影の頃には大映ニューフェイス出身の京マチ子を支えるべく社命にて付き人を務めた[3]

1965年、自分の子を預ける乳児保育所が見つけられなかったことをきっかけに、自宅を増築してベビールームを開設した[2]。当初は女優業と兼業していたが、のちに女優を断念し保育に専念、京都市当局に働きかけ1969年に小規模保育所制度を新設させた後、山崎自身もその制度で保育園を設立した[2]

1974年4月執行の京都府知事選に無所属で立候補[4]し、 3278票を獲得し4位で落選[5]

1995年に探偵ナイトスクープ朝日放送)が山崎を取り上げている。

1997年、山崎が理事長を務める社会福祉法人「若竹会」が、運営する無認可保育施設で労働組合を結成した保母を解雇したことから、太秦の認可保育園「さがの乳児保育園」及び無認可保育施設の職員らと争議が勃発した[6]。これを受けて山崎は「内部人材育成につまづいた」として1998年1月26日に「さがの乳児保育園」の廃止届を京都市に提出、京都市はこれを拒絶するという騒動が発生したが、京都市との協議の末存続することで合意した[7][8]。1998年の年度末までの運営が約束されていたものの、7月には同園が事実上の廃園状態となり、京都市は同園園児の緊急避難保育を決定し[9]、山崎らを必要な仮設園舎費用の損賠求めて提訴した[10][11][12]。のちに山崎らは保母らの賃金未払い[13]、京都市への損害賠償[14]の訴訟で全面的に敗訴している。

脚注編集

  1. ^ 読売新聞2001年5月22日大阪朝刊32面 2016年7月18日ヨミダス歴史館にて閲覧
  2. ^ a b c 読売新聞1971年12月6日東京朝刊7面 2016年7月18日ヨミダス歴史館にて閲覧
  3. ^ 読売新聞2003年6月30日大阪朝刊11面 2016年7月18日ヨミダス歴史館にて閲覧
  4. ^ 読売新聞1974年3月15日東京朝刊3面 2016年7月18日ヨミダス歴史館にて閲覧
  5. ^ 読売新聞1974年4月8日東京夕刊1面 2016年7月18日ヨミダス歴史館にて閲覧
  6. ^ 毎日新聞1997年9月13日25面京都地方版 2016年7月18日毎索にて閲覧
  7. ^ 毎日新聞1998年1月27日朝刊23面京都地方版 2016年7月18日毎索にて閲覧
  8. ^ 毎日新聞1998年3月3日朝刊21面京都地方版 2016年7月18日毎索にて閲覧
  9. ^ 朝日新聞1998年8月22日朝刊 2016年7月18日聞蔵Ⅱデジタルにて閲覧
  10. ^ 毎日新聞1998年12月9日朝刊23面京都地方版 2016年7月18日毎索にて閲覧
  11. ^ 毎日新聞1998年12月23日朝刊19面京都地方版 2016年7月18日毎索にて閲覧
  12. ^ 朝日新聞1998年12月23日朝刊 2016年7月18日聞蔵Ⅱデジタルにて閲覧
  13. ^ 朝日新聞2000年3月1日朝刊 2016年7月18日聞蔵Ⅱデジタルにて閲覧
  14. ^ 朝日新聞2002年3月23日朝刊 2016年7月18日聞蔵Ⅱデジタルにて閲覧

関連項目編集

外部リンク編集