山梨県立都留高等学校

山梨県立都留高等学校(やまなしけんりつつるこうとうがっこう)は山梨県大月市にある県立高等学校

山梨県立都留高等学校
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過去の名称 山梨県中学校都留分校
山梨県立都留中学校
山梨県立第四高等女学校
山梨県立都留第一高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 山梨県の旗 山梨県
校訓 「質実剛健 ・ 自学進取」
忍耐、学に励み、己に克ちて、自学進取の気象を持て
設立年月日 明治33年(1900年)4月17日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程・定時制課程
単位制・学年制 単位制
設置学科 普通科
高校コード 19123A
所在地 401-0013
山梨県大月市大月2丁目11−20
外部リンク 県立都留高等学校
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目次

概要編集

校名は、万葉時代からの歌枕、甲斐国都留郡の郡名に由来する。それに因んだ折鶴の校章を用いる。

1900年(明治33年)、山梨県で2番目に開校した、郡内(県東部、南・北都留郡と西八代郡の一部)地方唯一の旧制中学校山梨県立都留中学校と、大正12年創立の、高等女学校山梨県立都留高等女学校とを前身に持つ、山梨県屈指の伝統校である。学園祭は若鶴祭と呼ばれる。

山梨県で小学区制が導入されていた時、名前は都留であるが所在が大月市にあったため都留学区ではなく大月学区に属していた。そのため校名と都市名が同じ都留学区の都留市から受験する場合2001年までは大幅な入学制限があった。但し2002年より単位制を導入したことから大月学区からの指定が外れ、都留市からも大月市との制限なく入学できるようになっている。

沿革編集

  • 明治33年(1900年)4月17日 - 山梨県中学校の都留分校として開校後、昭和23年(1948年)に学制改革により山梨県立都留第一高等学校に名称変更された[1]
  • 昭和25年(1950年)4月1日 - 高等学校再編成により山梨県立都留第一高等学校と山梨県立都留第二高等学校を統合して山梨県立都留高等学校を設置した[1]
  • 昭和53年(1980年) - 理数科を設置[1]
  • 平成14年(2002年) - 理数科新規募集を停止し、全クラスを単位制普通科に移行した。平成16年(2004年)に移行完了した[1]
  • 平成17年(2005年) - スーパーサイエンスハイスクール (SSH) の指定を受ける(平成21年度末まで)[2]
  • 平成19年(2007年) - 21世紀枠で春のセンバツ初出場を決める[1]
  • 平成22年(2012年) - 第2期のSSH指定を受ける[2]

制服編集

男子も女子も、旧制中学ないし高等女学校以来のデザインを堅持し、伝統校としての誇りを表現している。規律を重んじ、着こなしに関する校則も、比較的厳しい。

  • 男子は、学生服。校章が刻まれた5つのボタンで前を留め、生徒の自分からみて左襟に折り鶴をかたどった校章をつけ、右襟に白いローマ数字の襟文字バッジで学年を表示する。詰襟は、ソフトなラウンドカラーは禁止、プラスチックの白いカラーの装着と、第一ボタンまで常にかけることが求められる。学生服下のYシャツの着用は義務付けられてはいない。
  • 女子は、セーラー服。襟とカフスに、白線3本が入る。学年は、襟文字ではなく、校章の色で表示する。スカートは、ひざ丈とされ、短くすることは認められない。冬期には、セーラー服の上に校章入りのセーターの着用が認められる。

設置学科編集

  • 全日制課程 普通科
  • 定時制課程 普通科

所在地編集

  • 山梨県大月市大月2-11-20

交通編集

出身者編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e 沿革”. 2014年4月26日閲覧。 - 学校HP内
  2. ^ a b 平成25年度SSH”. 2014年4月26日閲覧。 - 学校HP内

関連項目編集

外部リンク編集