山田 英二(やまだ えいじ、1962年4月25日 - )は、日本のレーシングドライバー奈良県出身。血液型はB型。愛称はターザン山田もしくはラーマン山田。由来は幼い頃、鈴鹿サーキットの看板によじ登って観戦していた事から。主に雑誌企画等でのタイムアタックで名を知られており、様々な車種のチューニングカーを幅広く乗りこなす。

山田 英二
やまだ えいじ
EijiTarzanYamada2007(cropped).jpg
2007年
バージニアインターナショナルレースウェイ
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1962-04-25) 1962年4月25日(58歳)
出身地 奈良県
過去参加シリーズ
全日本F3選手権
全日本ツーリングカー選手権
全日本GT選手権
SUPER GT
スーパー耐久

人物編集

1981年鈴鹿フレッシュマンレースにてデビュー。その後、全日本F3選手権全日本ツーリングカー選手権等に参戦している。近年ではスーパー耐久シリーズに参戦している。2011年には全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)の審査員に就任した。

以前V-OPT主催のレースで、チューニングショップのオーテックツカダ製作のR32GT-Rで他車を10秒近く差をつけ優勝したが、ファイナルラップでの蛇行運転により失格になった事がある。

愛車は日産・キューブ。以前はトヨタ・ヴィッツキャデラック・SRXフォード・モンデオ(後述の人体実験企画でエアバッグテストに使われる)に乗っていた事がある。その理由について「GT-Rとかに乗ると煽られそうだから」と話している。また、同じ理由で洗車もしていないとのこと。

Optionでの活躍編集

レース活動だけでなく、雑誌『OPTION』(ビデオマガジン『ビデオオプション』を含む)の取材や企画でも盛んに活動しており、タイムアタック等で数多くのチューニングカーに乗っている。また、カメラの前においてはラーマン山田(場合によっては「すっとこどっこい」「噴飯者」「馬鹿者」とつく場合がある)を名乗り性悪なキャラクターを演じる一方、普段は大人しく土屋圭市織戸学などにからかわれる一面もある。なお、取材カメラと間違えて、ファンのカメラにずっと喋りかけていたこともある。

『ビデオオプション』の企画「ラーマン山田の人体実験」は、それまでの企画で山田がスタッフにあまりに乱暴を働いてきたので、スタッフから逆襲を仕掛けるという設定で始められた。

なお危険が伴う企画にも率先して受け続ける姿勢には、土屋をはじめ、関係者から評価が高い。

0-1000mチューニングカーフル加速企画は、行う場所によってはブレーキングポイントが非常にシビア(遅れると壁に突っ込んでしまう)なため、ラーマンしかアクセルを踏み切れるドライバーが居ないという。ドラッグレース仕様のR35GT-Rで挑戦した際は、さすがに停まり切れないと判断して1000m手前でアクセルを抜いてしまった事もある。

谷田部最高速テストにて、ラーマンの運転するフルチューニングされたS14型シルビアが300km/h超のままバンク出口で空中に浮いてしまい、地面と空中を十数回転するという大クラッシュ起こし、そのまま筑波メディカルセンターに救急搬送された。車体のロールバーフルバケットシート3点式シートベルトなどのおかげで重症ではあったものの命に別状はなく、数日後には入院病棟にてカメラに向かって軽口を叩いていた[1]

市販車ベースのチューニングカーに乗せたら「日本一速い男」[2]とも言われており、快適仕様のマインズスカイラインGT-R34に初めて試乗した際は、たった2周で筑波サーキットにて58秒98というタイムを出した。フジツボ主催の公道を封鎖して行われた峠全開走行では、1000馬力超の大暴れするR35GT-Rをテクニックで強引にねじ伏せ、飯田章が運転する800馬力超のスカイラインGT-R34に5秒以上の大差をつけたこともある。画面越しに実況をしていた鈴木学も、ただひたすらに「速い」「怖い」を連呼していた。

本雑誌とのタイアップしたレースゲーム『Optionチューニングカーバトル』に、ターザン山田の名前で登場。伝説の走り屋「疾風」の影武者として主人公と対決する。なお、本当の「疾風」は当時Optionで活躍していた稲田大二郎(ゲームでは「Dai」)である。

レース戦績編集

  • 1981年 - 鈴鹿フレッシュマンレース
  • 1983年 - 全日本F3選手権(ハヤシ320/トヨタ2T-G)(シリーズ6位)
  • 1984年 - 全日本F3選手権(マーチ793/トヨタ2T-G)(シリーズ2位, 4 PP, 2勝)
  • 1985年 - 全日本F3選手権(マーチ793/日産)
  • 1988年
    • 日産ザウルスカップ(シリーズチャンピオン)
    • 全日本F3選手権(ラルトRT31/VW)
  • 1989年
    • 日産ザウルスカップ(シリーズチャンピオン)
    • フォーミュラミラージュ
  • 1991年
  • 1992年
  • 1993年 - スーパーN1耐久
  • 1994年
  • 1995年 - 全日本GT選手権 GT11クラス <ラウンド4> TCRCコムテック ELF GT2
  • 1996年
  • 1997年
    • 十勝24時間レース
    • スーパーN1耐久
  • 1998年〜1999年 - スーパー耐久
  • 2000年
    • 全日本GT選手権 GT300クラス <ラウンド2,3> オートスタッフアドバンシルビア
    • 全日本GT選手権 GT500クラス <ラウンド4> イクリプスDUPLEXバイパー
    • 全日本GT選手権 GT300クラス <ラウンド6,7> DUPLEXタイサンADバイパー
    • スーパー耐久 クラス1 トトムフジツボGT-R Bドライバー(シリーズ3位)
  • 2001年
    • 全日本GT選手権 GT300クラス イクリプス オメガ タイサン バイパー(シリーズ15位)
    • スーパー耐久 クラス1 トトムフジツボGT-R(シリーズ2位)
  • 2002年
    • 全日本GT選手権 GT300クラス イクリプスタイサンADバイパー(シリーズ14位)
    • スーパー耐久 クラス3 C-WESTアドバンRX7 Cドライバー(シリーズチャンピオン)
  • 2003年
    • 全日本GT選手権 GT300クラス ECLIPSE タイサン ADVAN バイパー(シリーズ12位, ラウンド4優勝)
    • スーパー耐久 クラス3 ORC アドバン RX-7 Bドライバー(シリーズ3位)
  • 2004年
    • 全日本GT選手権 GT300クラス <オールスター戦> ECLIPSE タイサン ADVAN バイパー
    • スーパー耐久 クラス3 ORC アドバン RX-7 Bドライバー(シリーズ6位)
  • 2005年
    • SUPER GT GT300クラス <ラウンド1~4,6,7> Gulf ADVAN FORTUNE MT
    • スーパー耐久 クラス3 C-WEST ORC アドバンZ Bドライバー(シリーズチャンピオン)
  • 2006年 - スーパー耐久 クラス3 C-WEST ORC アドバンZ Aドライバー(シリーズ5位)
  • 2007年 - スーパー耐久 クラス1 CAR-CHANNEL アドバンZ33 Cドライバー(シリーズ4位)
  • 2008年
    • スーパー耐久 クラス1 <ラウンド4,5> ENDLESS ADVAN Z Cドライバー
    • スーパー耐久 クラス2 <ラウンド6,7> ENDLESS ADVAN CS-X Bドライバー
  • 2009年 - スーパー耐久 クラス2 ENDLESS ADVAN CS・X Cドライバー

全日本F3選手権編集

チーム エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1983年 トヨタ SUZ
4
NIS SUG SUZ
5
TSU SUZ
7
SUZ 6位 18
1984年 セトラブレーシング SUZ
2
NIS FSW
13
SUZ
1
TSU
8
SUZ
1
TSU
5
SUZ
5
2位 74
1985年 TOMEI 日産 SUZ FSW
8
SUZ
10
TSU
8
NIS
11
SUZ
Ret
SUZ
Ret
7
1988年 VW SUZ
Ret
FSW
18
SUZ TSU NIS SUZ SEN SUZ NIS SUZ NC 0
1992年 トヨタ SUZ TSU FSW SUZ SEN TAI MIN SUG SUZ
DNQ
NC 0

全日本F3000選手権編集

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1994年 TEAM GLORY with NOVA SUZ FSW MIN SUZ SUG FSW SUZ FSW FSW
17
SUZ NC 0

全日本GT選手権/SUPER GT編集

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
1994年 Johnson NISMO 日産・スカイラインGT-R GT1 FSW
Ret
SEN
5
FSW SUG MIN 18位 8
1995年 チーム コムテック レーシングクラブ ポルシェ・911 GT2 GT1 SUZ FSW SEN FSW
15
SUG MIN NC 0
1996年 プローバ モータースポーツ GT500 SUZ FSW SEN FSW SUG
11
MIN NC 0
2000年 AUTO STAFF RACING 日産・シルビア GT300 TRM
FSW
Ret
SUG
8
26位 4
TEAM TAISAN ADVAN ダッジ・バイパー GTS-R GT500 FSW
18
TAI NC 0
GT300 MIN
10
SUZ
15
26位 4
2001年 TEAM TAISAN ADVAN Jr. GT300 TAI
8
FSW
9
SUG FSW
9
TRM
14
SUZ MIN
3
15位 19
2002年 GT300 TAI
10
FSW
16
SUG
5
SEP
9
FSW
8
TRM
9
MIN
4
SUZ
21
14位 26
2003年 TEAM TAISAN ADVAN GT300 TAI
16
FSW
16
SUG
Ret
FSW
1
FSW
5
TRM
Ret
AUT
7
SUZ
Ret
12位 34
2005年 A&S RACING モスラー・MT900R GT300 OKA
16
FSW
15
SEP
Ret
SUG
14
FSW
11
AUT
13
SUZ NC 0
シボレー・コルベット TRM
22
2006年 JIM GAINER フェラーリ・360モデナ GT300 SUZ OKA FSW SEP SUG SUZ
Ret
TRM AUT FSW NC 0

全日本ツーリングカー選手権編集

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 順位 ポイント
1991年 NISMO 日産・スカイラインGT‐R JTC-1 SUG SUZ TSU
6
SEN
4
AUT FSW 10位 26

エピソード編集

  • 車好きの兄とサーキットの狼、中学1年生の時に見た鈴鹿サーキットでのF2星野一義の走りに感動した事がレーシングドライバーになったきっかけである[3]
  • 中学を卒業後、仕事で貯めた現金を持って、「マシンを売ってください」と鈴鹿サーキットへ行き、コンストラクターの存在を教えてもらい、FJマシンを手に入れた[3]
  • 1984年全日本F2選手権 TEAM IKUZAWA所属ドライバー デイブ・スコットの成績が良くなく、F3で大活躍していた山田英二に声が掛り実際シート合わせまで行ったが、ホンダの意向で新人の起用が認められず、ティフ・ニーデルに変わった。
  • 谷田部テストコースにてチューニングされたS14シルビアで最高速トライの収録中、時速300km/hを超えるスピードでバンクを抜けた際ハンドリングを誤り制御不能に陥りコース内側の植え込みに突入する事故を起こし車両は大破した。救急車で病院に搬送され入院するも、全身の打撲のみであった[4]。車載カメラの映像では、車体が空中に浮いて回転している所で映像が止まっており、斜面や植木に衝突しながら少なくとも十数回転はしたという。
  • 「ターザン山田(真面目で優しい)」、V-OPTのカメラの前では「ラーマン山田(性悪な性格)」といった2つのキャラを持つが、V撮影前に「今日はどっちのモードがいいかな?」と聞き、使い分けているとのこと。
  • その為、スーパーラップなどで背後のビデオカメラに気づいていない時に取材やチューニングショップ関係者と打ち合わせをしている時は丁寧で穏やかだが、カメラに気づくと途端に「撮ってんじゃねー!」と豹変するお約束場面が多々ある。
  • 動物では顔がサルに似ていることからネタにすることがあるが、やはりサル似の野村謙に「サルサル言うんじゃない、このチンパン!」と反撃された。

脚注編集

  1. ^ 谷田部 最高速テスト ラーマン山田 大クラッシュ V-OPT 044 ① - YouTube”. www.youtube.com. 2020年11月21日閲覧。
  2. ^ ラーマン山田の筑波スーパーラップ 2000 Rd.1 V OPT 071 ⑤ - YouTube”. www.youtube.com. 2020年11月21日閲覧。
  3. ^ a b オートスポーツNO.670 1995年1/1号45〜47頁 「普段着の戦士たち24 ターザンの一本気 山田英二」
  4. ^ 【ENG SUB】 谷田部最高速の歴史 300km/hクラッシュ YATABE history Worst 300km/h crash - ビデオオプション YouTubeチャンネル 2017年5月2日

外部リンク編集