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協栄山神ボクシングジム(きょうえいやまがみボクシングジム)は、神奈川県藤沢市にある藤沢駅から徒歩10分の場所に所在する日本ボクシング連盟及び東日本ボクシング協会加盟のボクシングジムである。法人名は有限会社山神プロモーション

創始者は元野口ボクシングジム所属バンタム級プロボクサー協栄ボクシングジム初代チーフトレーナー山神淳一(1938年1月16日生。鹿児島県出身)。

歴史編集

山神淳一と金平正紀、海老原博幸との関わり編集

引退以前に野口ジムの先輩である金平正紀より飲食店経営の話を持ち出され、金平が恵比寿下通にとんかつ専門店、屋号(とんきん)を開店し、山神淳一は、片腕として手腕を発揮しその後、店は繁盛する。

山神の友人の山本満男よりプロボクサーを夢見る若者を紹介され金平に顔合わせする。この若者こそが、後の世界フライ級チャンピオン海老原博幸である。海老原も店の一員として働きながらトレーニングに励み、苦楽を共に成長していくなかで金平、山神、海老原と共に野口ジムから分家で金平ボクシングジムを設立する。杉並区の永福町に始まり、草加市谷塚、目黒区中目黒、渋谷区代々木と次第に大きく繁栄していった。山神も一番番頭として寝起きを共にし海老原のトレーナーだけでなく若者の指導、選手育成に励んでいく。山神は海老原をサポートする中でエディ・タウンゼントの薫陶も受けた。

金平ジムは、1966年春、株式会社協栄物産スポンサー契約を交わし現在の協栄ボクシングジムに名称を変える。

金平正紀は、「山神淳一は、今の協栄ボクシングジムの井戸を掘った人間である」との言葉を残している。

協栄山神ボクシングジムの誕生編集

山神は、1967年協栄ジムを円満退社し暖簾分けの形で1968年湘南藤沢に「協栄山神ボクシングジム」を設立する。ジム開きには、金平を始め海老原、他後輩たちがお祝いに駆けつけていた。又、当時の写真には、幼い頃の金平桂一郎の姿がある。

スタッフ陣容編集

  • オーナー兼プロモーター・山神淳一
  • マネージャー・山神克介 ・妹尾真由美
  • チーフトレーナー:吉田文彦

トレーナー:佐藤英治・石川智久

他ジムへ移籍した現役選手編集

引退した選手編集

  • 堀畑道弘(日本スーパーウェルター級チャンピオン、全日本新人王決定戦・ミドル級制覇)
  • 竹下鉄美(日本ライトフライ級チャンピオン・WBA世界フライ級8位)
  • 滝沢剛(全日本級新人王決定戦・バンタム級制覇、日本バンタム級4位)
  • 越川幸次郎(日本フライ級3位)
  • 金谷宏昭(日本バンタム級5位)
  • 青木政孝(東日本ライト級新人王)

関連項目編集

外部リンク編集